□アタックスグループ主席コンサルタント・西浦道明
独自の「池(市場)」を見つけ出し、その池の「クジラ(圧倒的なシェア・ナンバーワン)」となった結果、高収益を獲得・維持している中堅企業を紹介している。今回は、明太子の製造・販売、各種食料品の卸・小売りのふくや(福岡市博多区)の池クジラぶりを見ていきたい。
同社は1948年、韓国の釜山から引き揚げた川原俊夫氏が福岡で創業し、翌49年1月10日、日本で初めて韓国風明太子の製造・販売を開始した。ところが翌日、購入客から「辛すぎる」とクレームが入った。韓国の辛子文化は当時の日本人の口には合わなかったようだ。
その後、川原氏はすぐさま味を変えようと決断し、味の改革に取り組んだが、本当に納得できる味を完成させるまでには10年余りかかった。
60年ごろになると博多明太子の評判が口コミで広がり始め、地元よりむしろ東京や大阪などからの出張者の間に人気が広がった。そして75年3月に博多駅まで新幹線が延びると、福岡の名産として一気に全国に広まった。
こうなると、「自分のところに明太子を卸してほしい」という声が上がる一方、「これだけの人気商品なのだから特許を取るべきだ」と助言してくれる人も現れた。しかし川原氏は「明太子は高級珍味ではなく、家庭の総菜。その製法を独占すべきでない」との考えから、特許を申請しなかった。
また、当時は冷凍技術が未熟で卸で流通させると値段が高くなり、消費者に安くて新鮮な明太子を届けられなくなるため、直接販売にこだわった。その結果、川原氏は、卸を依頼してきた業者に、次々とその製法を公開していった。