
深●・香港・マカオ国際モーターショーに東風ホンダが出展した大型SUV「UR-V」=6月10日、中国広東省●=土へんに川【拡大】
ホンダは1998年に広州汽車と合弁で「広汽ホンダ」を、2002年に東風ホンダを設立し、日系メーカーで初めて中国に本格進出した。市場の拡大に伴い徐々に販売は増えたが、ラインアップの少なさが響き、先行する独フォルクスワーゲン(VW)など欧米メーカーに比べて存在感は小さかった。
10年4月に東風ホンダ総経理に就いた水野泰秀(現・中国本部長)は着任早々のモーターショーで「『いつになったら新車を出すのか』『新工場は建てないのか』と、報道陣から厳しい批判を浴びたのが悔しかった」と振り返る。
そこで当時、中国本部長だった倉石誠司(現副社長)らが打ち出したのが兄弟車戦略だ。
販売台数は日系首位
それまで合弁2社は別々の車種を販売しており、開発費や期間が限られた中ではラインアップの拡充が難しかった。倉石らは1つの車種の内外装に手を加えて差別化し、それぞれの合弁が別車種として売り出した。第1弾の小型SUV「ヴェゼル」は広汽ホンダが14年から販売する一方、東風ホンダもバンパー部分を強調するなど力強いデザインに変えた兄弟車「XR-V」として販売した。
結果、10年末に計9車種だった2社のラインアップは、現在16車種に拡大した。16年の販売台数は前年比24%増の125万台と戦略導入前の13年(71万台)から8割近く増え、VW、米ゼネラル・モーターズなどに次ぐ4位に浮上。日系ではトヨタ自動車や日産自動車を抑えてトップを走る。倉石は「兄弟車で1足す1が2以上になった」と成果を語る。