養蚕復活へ各地で取り組み 世界最大の無菌工場、後継者育成学校…

養蚕工場内では、ずらりと並ぶケースの中でカイコが繭を作っている=熊本県山鹿市
養蚕工場内では、ずらりと並ぶケースの中でカイコが繭を作っている=熊本県山鹿市【拡大】

 かつて世界一の生糸生産量を誇った日本。1929年ごろのピーク時に養蚕農家は221万戸、繭生産は約40万トンあったのが、2016年には349戸、130トンに激減、存亡の機にある。だが、ここに来て養蚕の伝統を守ろうと復活へ向けた取り組みが始まった。

 熊本空港から車で約1時間。熊本県北部、山鹿市の里山に黒く大きな建物があった。1年間を通してカイコを飼育できる世界最大の養蚕工場だ。

 ◆人工飼料、年24回生産

 工場は、求人企業「あつまるホールディングス」(熊本市)などが運営している。総工費は23億円。17年4月、小学校跡地に完成した。養蚕は従来、餌となる桑の葉が収穫できる春から秋にカイコを飼育、年に3回繭が生産される。それに対し、この工場では人工飼料を利用して年24回の繭生産が可能だ。「大量の桑の葉が必要なため近くの山の牧草地25ヘクタールを購入しました。荒れ地の石や草木を除去し、8万本の苗を植えました」とあつまるホールディングスの島田裕太常務執行役員は話す。

 標高600メートル。雲の中で作業することが多いため「天空桑園」と名付けられた。

 通常、桑の木は2~3メートルまで成長する。しかし、桑園では上部をカットして低木にしている。専用農機で100メートル分の桑はわずか5分で刈り取られる。カイコが農薬に弱いため、無農薬栽培だ。

 葉は工場で洗浄され、脱水、乾燥を経て粉砕される。それをアルミ袋で通年保管。餌やり時に脱脂大豆などの副材料と練り、厚さ数ミリの餌シートに成形後、滅菌してカイコに与える仕組みだ。

 養蚕では普通、1日に3回餌やりする。人工飼料方式では、カイコが繭を作るまでの25日間に3回の餌やりで済む。

 「カイコは病気に弱い。そのため工場は外気が入らないクリーンルーム(無菌室)にしています」と島田さん。

 初年度の昨年は、7回試験飼育をした。飼料の副材料の配分を変えた結果を分析している。将来は年50トンの繭生産が目標。この50トンは日本一の産地である群馬県の年間生産量に匹敵する。「シルクのほか、化粧品や医薬品の原料にもしたい。関連企業が結集し地元の雇用創出につながれば」とも話す。

 群馬県は養蚕の後継者育成に乗り出した。

 16年度に「ぐんま養蚕学校」を開校。初年度には、元サラリーマンなど16人が研修生として参加し、うち8人が将来の養蚕参入を目指して養蚕農家で実践研修に参加。17年度には11人が研修生となり、4人が農家研修に参加した。

 「群馬県の富岡製糸場が14年にユネスコ世界遺産に登録され養蚕への関心が高まりました。群馬県は今でもカイコの卵づくりから養蚕、製糸、織物と工程のすべてが残っている日本で唯一の土地。富岡製糸場という遺産に、“生きたシルクの産地”を加えて遺産価値をより高めたい。そのために、養蚕の後継者を育成することにしたのです」。養蚕学校開校について、群馬県蚕糸園芸課の岡野俊彦絹主監は話す。

 ◆雇用・地域活性に期待

 西日本で「シルクの産地」と呼ばれる愛媛県西予市。生産される伊予生糸は、光沢のある白色で評価が高い。最盛期の昭和初期に1883戸あった養蚕農家は、6戸まで減少したという。

 危機感を強めた愛媛県や西予市などは14年度に「伊予生糸産地再生協議会」を結成。養蚕への新規参入者を募集し、16年度と17年度に1人ずつの新規就農があった。

 16年には、国が農林水産物を地域財産として保護するGI保護制度に伊予生糸が登録された。

 地元では、生糸への製糸過程で生じる副産物「きびそ」を使ったタオルやせっけん、化粧品などの商品開発も進めている。

 10年には、シルク関連の歴史を持つ全国の市町村が連携して「シルクのまちづくり市区町村協議会」が発足した。シルクを活用した街づくりや産業活性化が進んでいる。