【講師のホンネ】働くことの本質はシンプルだった 伊豆はるか


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 働くことの本質を見失ったまま仕事に執着し続け、結局心を病んでしまった人を、精神科医として多く見てきた。給料や会社のブランド、安定性などを理由に、嫌な仕事を我慢し続けた結果であることも少なくない。人間、お金やプライドのためだけの我慢はそう長くは続かない。

 「働く」という言葉の語源を調べると諸説ある。一番しっくり来たのは、働く=「はた・らく」。つまり「はた(傍)の人を楽にする」こと。「働く」と聞けば、まずは給与の対価としての労働を思い浮かべる人が多いだろうが、決してそれだけではない。

 1歳、3歳、5歳の幼い3児を育てる母親でもある。毎朝、子供を保育園に送り届けた瞬間、大仕事を終えた安堵(あんど)感に包まれる。これから職場に向かって、精神科医としての1日の仕事が待っているにもかかわらずにだ。私にとって給与の発生する本業は、むしろ子育てという重労働から解放される大切な休憩時間とも言える。これには、共働き子育て世代の多くが共感してくれるだろう。

 このように、給与が発生せずとも家事・育児・介護など、家族を楽にする行動は立派な「はた・らく」だし、被災地でのボランティア活動や、近所のお年寄りを手助けする行為も「傍の人を楽にする」という意味では、これ以上ないほど「はた・らく」である。

 もちろん生きるためにお金は大切だが、「働く」ということを給与の対価としての労働としか考えないと、これはまずい。時給や場所や安定性など《働く条件》ばかりに注目せざるを得なくなり、「働く」上でいちばん大切なことを忘れ、結局心が疲弊してしまうのだ。

 「自分の好きなことで誰かのお役に立つこと」こそ「働く」ことの本質ではないか。「自分なら誰を楽にできるか?」「自分なら誰を楽しくできるか?」いや、できるかではなく、「誰を楽にしたいか?」を常に考えながら仕事をする。

 そうすると、「働く」ことの本質がブレることはないし、おのずと“働く条件”が自分で選べるようになる。相手の役に立つために喜んで自分を磨き、スキルを上げてさらに求められるようになるからだ。

 そして、自分らしく働けると人生は輝き出す。あなたは自分の好きなことで誰かの役に立っていますか?

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【プロフィル】伊豆はるか

 いず・はるか 兵庫県出身。精神科医で3児の母。慶応大在学中に会社を設立し、塾や飲食店を経営。結婚出産と仕事の両立のため、社長業の傍ら医学部に入学。33歳で医師免許取得。現在はフルタイムで働きながら、女性の新しい生き方を提案する「マルチライフプロジェクト」を主催。