貧困層も含めあまねく金融サービスへのアクセスを保障しようという「インクルーシブ・ファイナンス」についてのこれまでの議論では、段階を追って(1)すべての人に銀行口座を持たせよう(2)すべての人に安価な送金手段を提供しよう(3)すべての人に高い利回りの金融手段にアクセスさせよう-という手法が主流であった。
しかし、現状を見ると、(2)を誘因として新たに持ち込まれたデジタル・ペイメントの手法が、(1)に掲げた銀行口座保有の意義を無意味化させてきている。これまでの議論では、開発途上国に整備されていない金融機関の店舗網を、効率的に集約しつつもいかに安価に確立するかに力点が置かれていたが、今やそれは不要になった。安定的、かつ廉価な電力供給さえあれば、電波はいわば勝手に飛んでいるので、多少の発信局の増設で済む、という状態はシステムインフラ整備に必要とされる金額を劇的に減少させている。(3)の課題も、世界的に長期化する「超低金利」の世界ではあまり必要性が感じられない。下手に高利をうたう金融商品は、半ば詐欺だとみなされる現状では、1年分の所得金額以下の規模の投資に高い利回りが生じることはない。
日本でも変容
日本では、キャッシュ信仰があってアプリへの移行はたしかに緩やかであるが、それは銀行口座の必要性を担保しない。100万円の普通預金の金利1年分が1回のATM料金で消える現状から見て、盗難などの安全の問題はあるにせよ自宅に紙幣を保有することの危険性を意識しにくくなれば、金融機関の口座に魅力はなくなる。また、日本の口座の利用度を高めている「自動引き落とし」と「給与の口座振り込み」という2つの制度も変容していく。公益企業、金融機関、行政機関が主たる利用者である自動引き落としは、これら機関の性格上、早期の転換に追い込まれよう。また、労働法制の改正で、本邦通貨以外の給与支払いも認められ始めたが、その場合には金融機関の口座に振り込む必要もなくなる。