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千葉・一宮町の五輪サーフィン競技会場 模索する「レガシー活用」 (1/2ページ)

 【深層リポート】千葉発 東京五輪で、五輪史上初めて実施されたサーフィン競技。その会場となったのは、人口約1万2千人の千葉県一宮町だった。国内外から観戦客らが集まり、町活性化の起爆剤になるという期待があったが、新型コロナウイルス禍で無観客開催となり、もくろみは外れた。それでもこの画期的な出来事のレガシー(遺産)をつくり、町の発展につなげたいという思いは強く、模索が続いている。

 「限りなくゼロ」

 7月25日から同町の釣ケ崎海岸で始まったサーフィン競技は、台風8号接近の影響で、男女の決勝などが1日前倒しとなり、3日間の日程で行われた。日本代表は男女ともにメダルを獲得、同町出身で招致活動にも携わった大原洋人選手(24)も5位入賞を果たし、会場周辺の海岸やインターネット中継で観戦した人々にサーフィンの魅力を伝えた。

 しかし、無観客での開催で、当初期待されていた外国人観戦客は訪れず、地元の子供たちに向けた学校連携観戦プログラムも中止に。馬淵昌也町長は「町民とオリンピック競技の有機的なつながりが限りなくゼロになってしまった」と肩を落とした。今後の課題は「向上した町の知名度を生かし、いかに中長期的な町民の暮らしの維持・増進につなげていくか」だという。

 大会の形跡無くなる

 9月半ば、会場跡地では重機による作業が行われていた。大会施設や駐車場は撤去され、五輪が行われた形跡はほとんど無くなっていた。

 会場が設営されたのは主に保安林に指定されている県有地。そのため、会場跡地のうち約1ヘクタールは県立の自然公園に、大部分の約8ヘクタールは保安林となる。来年2月中旬から、松や広葉樹などの苗木約6万5千本が植栽される予定だ。

 一帯は昭和40年代までに潮害を防ぐ目的で保安林に指定されたが、マツクイムシや過湿による被害で枯れ木が目立っていた。そのため地元の商工関係者からはむしろ「駐車場や芝生などをそのまま残してほしい」など、大会設備の活用を望む声もあった。

 しかし、県森林課の担当者は「東日本大震災をうけ、九十九里海岸全体で整備を進めている。津波エネルギーを軽減させるなど防災機能を維持するために保安林は必要」と理解を求める。

 人が集いつながれば

 町内外から人が集まる場所として五輪会場周辺に「道の駅」設置を要望する声も上がっている。今月16日に行われた同町議会でも、道の駅構想について一般質問があった。

 同町では10年以上前から、道の駅構想があった。しかし、平成23年3月に東日本大震災が発生。津波が同町北部を流れる一宮川を遡上(そじょう)するなどし、町内は大きな被害を受けた。このため防災拠点の町庁舎の建て替えなどを優先せざるを得なくなったという。

 町担当者は「町財政を取り巻く環境は大変厳しい。事業の採算性や優先順位、財政状況を見極めた上で、できる限り前向きに可能性を模索していく」と答弁するにとどまった。

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