爆発的な成長力の「AI」 待ち受ける2045年問題 人類は知の頂点の座を守れるか、崩壊か?

 

【視点】産経新聞論説委員・長辻象平

 人工知能(AI)への注目が熱気を帯びている。だが、AIが孕(はら)むリスクの本質に迫るビジョンの提示は、まだ少ない。AIに関する日々のニュースの多くは、少子高齢化への対応など、バラ色の将来を描いてみせるものだ。そうなればよいのだが、30年後に待ち構えているのは、世界規模での大量失業時代であろう。

 AIの能力は指数関数的な伸びを示すのが特徴だ。Xの2乗ではなく、2のX乗で増える。Xが3のとき前者は9、後者は8だが、Xが30になると前者が900であるのに対して後者は10億を超えるのだ。

 前者のような加速度的増加なら対応可能だが、指数関数的な増加は、人間の体験をベースにした予測を無力にする。

 米IT企業グーグル系列のAIが、世界最強と目される囲碁のプロ棋士を打ち負かしたのは3月のことだった。予想より10年も早く起きてしまった逆転劇だが、これもAIの指数関数的な能力アップのなせる業なのだ。人間の側が危うさに気付き始めたときには、既に手遅れになっている。これがAIの脅威の特徴だ。

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 身近な所でのAI利用の研究開発は、グーグルが牽引(けんいん)する形で、車の自動運転分野で進んでいる。5年後あたりには実用化の域に達する勢いだ。タクシーやトラックなどの運転手の職が脅かされる。

 倉庫内での資材運搬などにはAI搭載のロボットが活躍するだろう。この分野も米国で驚くべき進歩を遂げている。

 例えば「ボストンダイナミクス」をキーワードにしてネットで検索し、動画を見るとよい。足元の悪い雪の森の中を器用に歩く人間大の二足歩行ロボットなどが紹介されている。同社が開発したものだ。誰もがあっと息をのむはずだ。

 かつて、ロボットの二足歩行は、日本のお家芸だったが、気付いてみるとすでに何周もの周回遅れの感がある。

 人間の仕事は、AIを搭載したロボットやスパコンに取って代わられる。労働人口の半数が職を失うという分析もある。

 自動運転の導入による失職は、職業運転手にとどまらない。自動車産業が情報産業に飲み込まれる可能性も高い。帰趨次第で日本の輸出産業の大黒柱であるトヨタが消えるかもしれないのだ。産業、金融、軍事、芸術を含めて社会の大変革が今後20~30年で疾風怒濤のごとく進む。

 それを止めたくても止められないのが、AI開発の性(さが)なのだ。当面の間はいたって便利であり、豊かさをもたらしてくれる。かくして短期的には甘美な魅力に誘引されつつ、中期的にはライバル企業との競争に打ち勝つためや、国家間では国際覇権を手中に収めるために、AI研究へ膨大な開発予算が投入される。

 その結果、長期的には対人類の優位性が確立されるというAI必勝の図式が成立してしまう。囲碁で棋士を制したAIは、人間の脳の神経回路を工学的に模していて、大量のデータを自ら学習して賢くなる機能を備えている。約30年後には全人類の知能の総和をAIが上回るという予測がある。これが「2045年問題」で、知の世界のクリティカルポイントだ。

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 次の段階でAIが意識を獲得すれば、人類は「知の頂点」の座から外れる。

 知的存在として位置づけるなら、ホモ・サピエンスに続く、ホモ・AIエンシスの出現に等しい階梯であろう。

 海から陸へと進出した生命進化の流れをたどれば、次の舞台は宇宙空間だ。真空と無重量という宇宙の極限環境に適応できるのは人間ではなくAIロボットだ。彼らはポストヒューマンの新知的生命体としての要件を備えている。

 そうしたAIは当然、自己存続を図る。その目的に有害とみられる人物は、容赦なく排除されることになるだろう。

 銀行口座を凍結され、スマートグリッドで送電を止められるだけで、人間は手も足も出なくなる。マイナンバーもAIによる個人の捕捉を容易にするお膳立てだ。

 人類社会は、AIによって崩壊するかもしれない。それほどの危機意識が必要な事態なのだが、われわれの認識はあまりに甘い。既にAIの虜となっている証しか。