受付嬢と社長の“二足のわらじ” 資金調達に奔走 命運を分けたエンジェル投資家との出会い

 
ディライテッド社内の様子

 【元受付嬢CEOの視線】 こんにちは。ディライテッドCEOの橋本真里子です。第2回では、受付嬢から起業に思い至った経緯についてお話ししました。今回は、ついに起業家として走り出してからのお話をします。

 起業したのは2016年1月でした。実は、当時はまだGMOインターネットを退職しておらず、受付嬢のまま起業しました。二足のわらじを続けたのには理由があります。

資金が必要…渋谷の街をヒールで駆け回る日々

 ひとつは、お世話になった会社にきちんと責任を果たして去ることが、何よりの礼儀だと考えているからです。もうひとつは、経済的な理由でした。

 今までは派遣社員として、働いた分はきちんとお給料がもらえました。しかし、起業してからはなんの保証もありません。自分で資金を調達し、プロダクトを開発し、営業し、お客様からお金をいただかなければ、会社にお金が入ってこないのです。上司と受付のスタッフに事前に相談し、週の半分は起業準備、残りは今まで通り受付業務に携わることになりました。

 それから3カ月間は、“文字通り”に渋谷の街を駆け回っていました。ときには昼休みに制服のままアポイントに行き、すきま時間でさえ投資家との面談に時間を割きました。面談が終われば、ダッシュで受付業務に戻る…なんて毎日を繰り返していたので、あの頃が人生の中で最もヒールで走り回った時期だったかもしれません(笑)。

 私が目指した受付システム事業には、そのシステムを作り出す「プロダクト開発」が必要になります。私自身が作れたら話は早いですが、プログラミングの経験がない私は誰かにお願いするしかありません。開発を制作会社に依頼するか、エンジニアを雇うか…。どちらにせよ、会社という舟を漕ぎ出すには、“燃料”となる資金が必要でした。

 これまで私は派遣社員として就業してきたので、手元に大金があったわけではありません。自分の生活だけでも、すぐに苦しくなるのは目に見えていました。とにかく事業を走らせるためにも資金を集めなくてはいけなかったのです。

二人のエンジェル投資家との出会い

 ですが、実績のないスタートアップ企業や新サービスに出資してもらおうと思っても、そう容易ではありません。私には受付の経験しかなく、特別なスキルがあるわけでもない。その上、言ってしまえば、親しく付き合いがあるわけではない人に「お金ください」とお願いしに行っているようなもの。ただただ、“当たって砕けろ”の精神で、断られて当たり前だと自分に言い聞かせて投資家に会っていました。

 そんな中、この時期に私が一番よく会っていたのは、まだ企業価値の判断がつきにくい状況でも資金を融通して起業を支援してくれる「エンジェル投資家」や「ベンチャーキャピタル」の関係者でした。いくつかのIT企業に勤めていた受付嬢時代の人脈を活かし、彼らにコンタクトを取ったのです。その中でも二人のエンジェル投資家との出会いは、弊社の命運を分けました。

 一人目は、IoT(モノのインターネット)ハードウェア開発を手掛けるスタートアップ企業を支援するABBALAb(東京都)で代表を務める小笠原治さん。面識がある程度でしたが、私から「起業したので、一度ご相談のお時間をください!」とFacebook経由で連絡しました。

 小笠原さんから時間をもらうと、まだまだ未熟な事業計画を持ってすぐに会いに行きました。私は自分の想いと実現したい世界、そしてその方法について一生懸命伝えました。投資家の方にプレゼンするときは、冬なのにいつも汗だくでした(笑)。

 毎日たくさんの投資家の方に時間をもらいましたが、小笠原さんは唯一、その場で出資を決めてくださいました。まさに“エンジェル”です!

 小笠原さんには「事業目的に共感できるし、受付業務の課題を解決する方法も分かりやすくていいんじゃない?」と、背中を押してもらえました。そんな小笠原さんには現在、弊社の社外取締役に就いていただき、経営や事業の相談を受けてもらっています。

 もう一人は楽天の元副社長で、現在はU‐NEXT副社長を務める島田亨さん。エンジェル投資家として長く活躍している島田さんとは、顔見知りではありましたが個人的に連絡を取ったことはありませんでした。ところが、そんな島田さんからは、逆に声を掛けてもらえたんです。エンジェル投資家同士のネットワークかなにかで、私が起業したことを耳にしたそうです。

 島田さんからは、もっと詰めなければいけないポイントを指摘されました。それを「宿題」として、出資の検討は次回の面談に持ち越されることになりました。

 次の面談までは、とにかく必死に考えました。先輩の起業家にもアドバイスを求め、考えられる限りの解決策を揃えて、寝るときでさえアイデアを練り続けました。

 再び島田さんと会った際にもフィードバックをいただきました。さらに「課題解決をよく頑張りましたね」と、ついに出資を決めてくださったのです! 島田さんは弊社の顧問として、今なおアドバイスをもらっています。

社長になって“一番の収穫”

 資金調達と並行して、仲間集めも進めなければなりませんでした。冒頭でもお話ししましたが、弊社にはプロダクト開発に携わってくれる仲間が必要でした。ですが、エンジニアの知識は全くありません。そんな折に、先輩起業家がこんなアドバイスをくれました。

 「まずはエンジニアをいきなり採用するのではなく、プロダクトマネージャー的な人を探したほうがいいよ」

 プロダクトマネージャーという職種は、プロダクトの企画から開発、リリース、マーケティングまで広く管轄する役割を担います。そのアドバイスの真意は、「私とエンジニアの間に“通訳”になる人がいなきゃダメだよ」ということでした。「確かに!」と納得した私は、すぐにプロダクトマネージャーなる人を探し出します。それが今の“相棒”、弊社COO(最高執行責任者)の真弓貴博です。

 彼とは、私がミクシィで受付をしていたときに出会いました。当時、真弓はミクシィでプロダクトマネージャーをやっていたんです。国内でこの職種を置いている企業はそう多くなく、務まる人材もあちこちにいるわけではありません。私もどう探せばいいのか分からなかったので、またもやFacebookの友達リストを見返すことにしました。そこで目に入ってきたのが真弓の名前でした。

 「確か、真弓さんはプロダクトマネージャーだったような…」

 お互いミクシィを退職してからは数回連絡を取ったくらいの間柄でしたが、すぐに連絡を取りました。

 「スタートアップやろうよー!」

 彼への久しぶりの連絡があまりにもカジュアルだったので、今では社内の笑いのネタになっています(笑)。

 彼はすでに別の会社でキャリアを積んでいました。ダメ元で声を掛けましたが、案の定、「できる範囲で手伝うけど、フルコミットは難しい」と言われました。ですが、その後は週に一度、ミーティングに付き合ってくれました。ミーティングを重ねるごとに「あれ? もしかして本格的にやってくれるかも!?」という感覚を覚えるようになったんです。

 そして5度目のミーティングで、ついに彼の口から「一緒にやるよ!」という言葉をもらいました。

 今でも思いますが、彼が仲間になってくれたことが、私が社長になって一番大きな収穫を得た仕事だったかもしれません。彼がいなければ、今のサービスも会社もないと思うんです。

 社長にとって一番重要な仕事の一つは採用(仲間集め)だと思います。スタートアップという少数精鋭で生き残っていかなくてはいけない世界で「相棒」は非常に重要です。こうして集まってくれた仲間たちを幸せにするため、日々どんな仕事も乗り越えられます。現在弊社はインターンも含め、13名が一緒の舟で航海中です。次回はいよいよ本格始動です。

【プロフィル】橋本真里子(はしもと・まりこ)

ディライテッド株式会社 代表取締役CEO
1981年11月生まれ。三重県鈴鹿市出身。武蔵野女子大学(現・武蔵野大学)英語英米文学科卒業。2005年より、トランスコスモスにて受付のキャリアをスタート。その後USEN、ミクシィやGMOインターネットなど、上場企業5社の受付に従事。受付嬢として11年、のべ120万人以上の接客を担当。11年という企業受付の現場の経験を生かし、もっと幅広い受付の効率化を目指し、16年1月にディライテッドを設立。17年1月に、クラウド型受付システム「RECEPTIONIST」をリリース。

元受付嬢CEOの視線】は受付嬢から起業家に転身した橋本真里子さんが“受付と企業の裏側”を紹介する連載コラムです。更新は隔週金曜日。