【飛び立つミャンマー】ビルマ初代首相肖像、家族の元へ 戦後史刻み70年ぶり (1/3ページ)

2014.4.18 05:00

かつて自宅にあったバー・モウ氏の肖像画の複製を前に、父、伊原宇三郎氏の思い出を語る乙彰氏(宮野弘之撮影)

かつて自宅にあったバー・モウ氏の肖像画の複製を前に、父、伊原宇三郎氏の思い出を語る乙彰氏(宮野弘之撮影)【拡大】

 英国植民地時代のビルマ(現ミャンマー)の初代首相、故バー・モウ氏の肖像画が完成から70年以上を経て、家族の手元に届けられることになった。ただ、届けられるのは原画ではなく絵を複製した陶板だ。そこには一枚の絵をめぐる日本・ミャンマー両国の関係者の思いと戦後史が刻まれている。

 ◆日本で亡命生活

 バー・モウ氏は、ビルマが英国の直接統治する植民地となった1927年に初代首相となった。戦時中、日本が提唱し、主導した大東亜共栄圏構想に基づく大東亜会議に国家元首として出席。戦後、日本に亡命し、一時、新潟県南魚沼郡石打村(現南魚沼市)の薬照寺にかくまわれていた。その後、ビルマに帰国し、政界に復帰したが、ネ・ウィン軍事政権によって身柄を拘禁される。釈放されたが、77年に亡くなっている。

 今回、バー・モウ氏の肖像画を家族の元に返すことになったのは、同氏の孫娘で弁護士のユザさんが、昨年、日本ミャンマー協会の渡邉秀央会長(元郵政相)、仙谷由人会長代行(元官房長官)と会ったことがきっかけだ。

 仙谷氏によると、会談でユザさんから、自分の名前はバー・モウ氏が日本で潜伏生活を送った寺に近い越後湯沢の地名から取ったこと、さらに同氏の肖像画が日本に残されていることなどを聞いたという。寺のある新潟県南魚沼市は渡邉氏の地元で、肖像画を描いた洋画家の伊原宇三郎氏は仙谷氏と同じ徳島出身だったこともあり、肖像画を家族に返せないかという話になったそうだ。

 伊原氏の二男で画家の乙彰氏によると、絵は宇三郎氏が43(昭和18)年3月にバー・モウ氏を写生し、後日、肖像画に仕上げた。バー・モウ氏は180センチを超える長身だったとされ、絵でも民族衣装の胸元には、同年3月に受勲したばかりの勲一等旭日大綬章をつけ、椅子に腰掛けた姿は風格が漂う。

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