【専欄】喬石と万里と天安門事件 元滋賀県立大学教授・荒井利明 (1/2ページ)

2015.8.11 05:00

 中国の全国人民代表大会(全人代)常務委員長(国会議長に相当)を務めた喬石と万里が、それぞれ6月と7月に相次いで亡くなった。2人の生涯を振り返ってみると、天安門事件における決断が重大な意味を持っているように思われる。

 90歳で亡くなった喬石は1993年春から5年間、常務委員長の座にあり、98歳で亡くなった万里は喬石の前任者で、88年春から5年間、常務委員長だった。

 89年6月の天安門事件当時、喬石は共産党の最高指導部を構成する中央政治局常務委員5人のうちの1人だった。

 李鵬の「日記」によると、当時の最高権力者、トウ小平が提案した戒厳令の発令に賛成するか反対するか、決断を迫られたとき、5人の常務委員のうち、李鵬がまっ先に賛成し、姚依林がそれに続き、喬石はうなずいて賛意を表明したが、胡啓立は明確な態度表明を避け、趙紫陽だけが反対したという。

 趙紫陽の「回想録」は、常務委員5人の態度表明について記していないが、趙紫陽と胡啓立が反対し、李鵬と姚依林が賛成して2対2になったとき、喬石が賛成したため、賛成派が多数になったとの情報もある。

 トウ小平の当初の人事構想では、万里も喬石と同じく、87年秋の共産党大会で常務委員に選出されることになっていた。だが、保守派長老から異論が出たため、トウ小平が万里の常務委員への昇格をあきらめたという経緯があった。

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