舞いを披露する浅草の芸妓たち。日々、伝統芸に磨きをかけている【拡大】
その後、会場が明治座、浅草公会堂に変わるが、浅茅会公演は浅草芸妓が鍛錬の成果を示す場として定例化。95年には東京浅草組合と浅草観光連盟の共催となり、台東区の後援を受けて「浅草おどり」とし、4年に1度の街の一大イベントとして定着した。
しかし、バブル後の景気の低迷とともに、花街のにぎわいも沈静化する。藤谷組合長は「花街で遊ぶ客が減った上、常連客や紹介者頼みのマーケティングをしていたため、新しい客を呼び込めなかった」ことを低迷の理由に挙げる。
6年ぶりの復活となる「浅草おどり」は開放性を高めるため、「幕あいの幇間(たいこもち)の芸をくだけたものに変えたり、飲料メーカーと連携したイベントを折り込むなど、工夫を凝らす」計画だ。さらに、浅草花街は料理店の改革にも取り組む。藤谷組合長は、自ら経営する「草津亭」を昨年新装開店。「江戸料理の伝統を受け継ぎながらも、ちょっとした遊び心を加味した」メニューで勝負する。藤谷組合長は「伝統を大切にするだけでなく、新しい試みに挑戦していきたい」と話している。(小島清利)