浅草でも「えべっさん」 総本社 西宮神社との縁、古文書で判明 (1/2ページ)

えべっさんが描かれた「えびす御神影札」
えべっさんが描かれた「えびす御神影札」【拡大】

  • 浅草神社の矢野幸士禰宜(左端)に福笹を紹介する西宮神社の吉井良英権宮司=1月11日、兵庫県西宮市

 ■交流復活、来年「二十日えびす」

 商売繁盛の神様「えべっさん」の総本社・西宮神社(兵庫県西宮市)による古文書調査で、東京都台東区の浅草寺(せんそうじ)周辺の地主神(ぢぬしがみ)を「西宮恵比寿(えびす)」とする記述が見つかった。江戸時代まで浅草寺でえべっさんが祭られていたことも分かり、えびす信仰の広がりが明らかになった。西宮神社の呼びかけで交流も復活し、浅草寺境内にある浅草(あさくさ)神社は来年1月、西宮神社の恒例行事「十日えびす」にちなんで「二十日えびす」を行う。(中井芳野)

 雷門(かみなりもん)で有名な浅草寺は飛鳥時代の628年、土地の長(おさ)が自宅を地元漁師の網にかかった観音像を祭る寺に改めたのが起源とされる。浅草は宗教的聖地として信仰を集めていたが、江戸時代に市街地が拡大されると娯楽の町としての側面が強くなった。

 西宮神社が9年前から文化研究所を立ち上げて、えびす信仰の調査を進めていたところ、昨秋に古文書の中に浅草周辺の地主神を「西宮恵比寿」とする記述を発見した。江戸時代には浅草寺の宝蔵門脇にえべっさんが祭られていたほか、西宮神社が江戸幕府公認で独占的に配布していたえべっさんを描いた「えびす御神影(おみえ)札」が浅草寺でも配られていたことも分かった。

 しかし浅草では、江戸後期から次第にえびす信仰が衰退し、札の配布が途絶えた。平安末期以降に浅草寺境内に創建された浅草神社にも西宮恵比寿を祭った社(やしろ)が存在したが、東京大空襲で焼け、えびす信仰は浅草から影を潜めることになったという。

続きを読む