デザイン極める飽くなき追究 ジル・サンダーの日本人デザイナー、村田晴信さん

 
(c)JIL SANDER

 「ラグジュアリーブランドはデザインのプロセスも手が込んでいるのですよ。単に素材の質がよくて高額というわけじゃない」

 高額商品である理由として材料や生産コストはイメージしやすい。が、デザインのプロセス自身にもコストをかけている。ジル・サンダーのデザイナーである村田晴信さんはそう語る。

 ぼくは村田さんの活動を毎年追って記事に書いてきている。ミラノファッションの若手登竜門で優勝した2012年の翌年に書いた「伊ファッション界の厳しさ 最初はボコボコ…日本人デザイナーの挑戦」では、戸惑うことばかりが多い様子を紹介した。

 彼はジョン・リッチモンドで3年経験を積んだ後、昨春、ジル・サンダーに移った。正統的ラグジュアリーファッションの道を歩みたいと考えてきた村田さんにとって、希望のブランドだった。新しい職場で目にしたのが、最高のデザインを極めるための飽くなき追求である。

 「一つのポケットの位置を決めるのにも1ミリ単位で4回でも5回でも試作品を作りなおすのです。モデルに着てもらうフィッティングでは、微調整だけでなく、例えば前後を逆に着てもらったりする。するとパチン!と指を鳴らしたくなるアイデアが閃いたりするわけですよ。コレクション発表までほとんど時間がないところでも、そのアイデアを十分に練ったカタチに超スピードで仕上げるのです」

 即ち、ギリギリの状況でも新しいアイデアを積極的に採用する環境がある。実際的にいえば、デザイナーの変更案をパタンナーなどの後工程のメンバーがNOと言わない合意がチーム内でとれている、ということだ。

 当然ながらアウトソーシングや下請けへ無理がききやすい企業力も無視できないとは思うが、この経験が27歳の村田さんを変えた。

 30歳には独立ブランドを立ち上げたいと考えてきた。ジル・サンダーで仕事をする前は、ビジネス担当のパートナーさえ見つければ、自分のクリエイティブ能力だけで勝負をすればよいと確信していた。

 しかしクリエイターにも得意不得意がある。新しいイメージを生むのが得意な人が、それをカタチにするのが必ずしも得意なわけではない。それぞれが得意な分野でチームを作ってこそ質の高いデザインに到達する味を知った今、独立するにも複数のデザイナーと組もうと思い始めた。

 「人数が多ければいいというわけじゃないですが、個人技のクリエイティブの限界も見えた」と語る。

 チームによる強さを別の点でも感じている。

 ジル・サンダーのデザインチームはさまざまな国の人たちが集まっているため共通語は英語だ。イタリア語も使うが、英語のより直接的な表現が感覚を刺激することもある。また日本語の「モワッ」「カチッ」という表現が出てくることもある。

 言葉で表現しきれない時は絵で示せるスキルを持った人たちだ。生地や服も目の前にある。したがって言葉の意味や意図の誤解を回避する術はある。だからこそ豊富な言語表現に躊躇なく皆が没入できる。

 こうして村田さんの経験は深まる一方だ。毎晩遅くまで働き、週末も仕事になることが多いが、ファッション以外の領域にも関心を持ち続けている。

 一般的にファッションデザイナーはアートの動向に敏感である。プロダクトデザインに鈍感とは言わない。が、アートを見るようにはプロダクトを見ない。さらに言うと、プロダクトデザイナーがファッションデザインを見るような熱い視線で、ファッションデザイナーはプロダクトデザインに関心を寄せない。

 ファッションデザインは一瞬が勝負だ。街で通りを歩く女性のファッションが目の片隅に入ったところで、記憶に残ってもらわないといけない。だからプロダクトよりも「きれい」「センスいい」と言われる反応も速くないといけない。

 それでも村田さんはコンテンポラリーアートの展覧会に足を運ぶだけでなく、ミラノデザインウィークの会場をまわり、プロダクトデザインから発信されるヒントにも貪欲だ。

 最近読んだ本は?と尋ねると、「人工知能の本が面白かったですね。ファッションの世界のどこに人工知能が活用でき、どこに活きないか。そんなことを考えています」との返事。

 学習のためのインハウスデザイナーとしてのキャリアの終点が、そろそろ目に見えてきた頃ではないかとぼくは想像した。何をさらに掴み、何はこれ以上学んでも仕方がない。そんなことが分かってきた頃ではないか、と。

(安西洋之)