「街の本屋」復権へ 本の目利き“カリスマ書店員”の挑戦
出版不況を背景に書店の減少が止まらない。こうした中、注目を集めているのが、“カリスマ書店員”と呼ばれる本の目利きの独立開業や開業支援だ。小さな店舗で自ら選んだ本を販売する「街の本屋」の復権に向けた動きを追った。(村島有紀)
「子供時代にお金を出して本を自分のものにする体験がないと、そういう楽しみを知らない大人になる。街の本屋には、無料で本を貸し出す図書館とは別の役割がある」
今年1月、東京都杉並区の住宅街にカフェ併設型書店「Title(タイトル)」をオープンした辻山良雄さん(43)はこう話す。カリスマ書店員として知られる辻山さんは、昨年7月に閉店した大型書店「リブロ池袋本店」(東京都)の元統括マネージャーだ。閉店後に退職し、自分の店を開いた。
身の丈に合わせ
1階が書店とカフェ、2階がイベントスペースで客層は20~40代が中心。一般的な書店は、出版社と書店を仲介する「出版取次」と呼ばれる業者が決めた本を委託販売することが多いが、辻山さんは全冊を自ら注文する。「街の本屋として求められる本が6割、自分の置きたい本が4割」になるよう選書をして、デザインや海外文学、人文・思想系などこだわりの本を並べる。辻山さんの選書を信頼し「お薦めの本を選んでほしい」という人など、北海道や九州からも本好きが集う。
カフェと合わせ、月々の売り上げは約250万円。事前の見込み通りで、「書店は利益率が低く、個人では難しいという“神話”があったが、身の丈に合わせれば経営は成り立つ。客とゆっくり本について話す機会が増え充実している」。
フリーランスで
関東、東北で13店舗を展開する書店「あゆみBOOKS」の元店長、久礼亮太さん(40)はフリーランスの書店員として独立を果たした。昨年1月に退社し、書店の新規開業支援と選書などを仕事にする。昨年9月には、東京・神楽坂に開店した「本のにほひのしない本屋 神楽坂モノガタリ」に並べる約3千冊を約1カ月半かけて選んだ。久礼さんは「本棚から一冊を抜き出す、ぞくぞくする瞬間を大事にしたい。ロングセラーを置き続ける正統派の本屋を目指す」と話し、いずれは自身の書店を開業する計画だ。
出版社と直取引
利益率を上げて書店経営を安定させるため、出版取次を経由せず出版社と直接取引を始める動きもある。京都市上京区に昨年11月に開業した書店「誠光社」。オーナーは、英紙の「世界で最もすばらしい本屋10選」に入ったことでも知られるセレクト系書店の先駆け「恵文社一乗寺店」(京都市左京区)の元店長、堀部篤史さん(38)。
誠光社では、約50社の出版社から直接本を買い取ることで利益率を従来の約2割(返本可の委託販売)から約3割に引き上げた。堀部さんにとって書店は「世の中を反映し社会を俯瞰(ふかん)するメディア(媒体)のひとつ」。そのために、必要な本を一冊一冊選び抜く。「かつてはベストセラー本がよく売れたが、趣味や嗜好(しこう)が細分化した現在、1万部、5千部といった少部数の本を主体性を持って必要とする人に届けるのが書店の役割」と語る。
従来型の書店は、回転率の早い漫画や雑誌、一部のベストセラーが販売の柱となり、出版取次業者が決めた配本に頼って経営できた。しかし、平成8年以降は出版市場は縮小。街の小規模書店は閉店し、中堅取次業者の破綻も相次ぐ。
出版流通に詳しい専修大の植村八潮教授(出版学)は「出版不況により薄利多売型の経営が難しくなるなか、本を通したコミュニケーションという書店本来のあり方が見直されている。元書店員らの開業は、本そのものが主役という書店文化を取り戻す動きであり、街の本屋に新たな可能性を示すものとして注目される」と話している。
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■10年で4140店減少
主要な出版関連団体でつくる「日本出版インフラセンター」の調査によると、同センターに登録している全国の書店数は1万4468店(3月現在)。10年前の1万8608店から4140店減った。また、出版社「アルメディア」の調べによると、書店数は平成9年の2万2279店をピークに右肩下がりを続け、26年の調査では新刊書店が1店もない自治体が332市町村に上った。
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