“毒魚”バラハタを見破ったのは「食品Gメン」だった!
【築地の食を守る】
日本の台所・築地市場で今年4月、食中毒を起こす可能性がある「バラハタ」が販売されていたことが分かり、大騒動になったことは記憶に新しい。魚のプロの目をかいくぐり、中華料理などで使われる高級食材「スジアラ」として売られてしまったわけだが、実は事前に疑いの目を向けた人たちがいる。東京都市場衛生検査所の食品衛生監視員。いわゆる「食品Gメン」だ。今回は不幸にも時間差で流通してしまったが、食品Gメンの指摘で販売先の特定にもつながった。一般の人にはなじみのない市場衛生検査所。取材してみると、これがなかなかの凄腕がそろった“食の監視機関”なのである。(三枝玄太郎)
まず“事件”をおさらいしてみよう。有毒魚のバラハタが見つかったのは、4月12日午前8時半ごろ。市場衛生検査所のベテラン女性職員と若手男性職員が、場内市場の仲卸店を回り始めて30分後、市場の水産卸店舗でバラハタとおぼしき魚が並べられていることに気づいたという。
ところが、ここで一悶着があった。検査所によると、「バラハタだ」と指摘した職員に対し、仲卸業者は「宮崎産のスジアラだ」と説明した。「それ以上は言えません」と検査所は言葉を濁すのだが、場内市場の仲卸業者仲間の証言によると、件の仲卸業者は「何十年もここでやってんだ。間違えるわけねえだろう」と主張したという。
職員は専門家らに確認するためにいったん引き返した。最終的には場内にある「おさかな普及センター資料館」の坂本一男館長に、「バラハタに間違いない」とお墨付きを得た。魚を発見してからすでに1時間余りが経過していた。
職員らは午前9時45分、仲卸業者のもとへ急行。しかし、あろうことか仲卸業者は「売ってしまった」と答えたという。
スジアラとは、耳慣れない魚だが、中華料理に使うととてもおいしいらしい。約45センチ、重さ約1・2キロのバラハタを仲卸業者は4277円で売っているので、中華料理店に並んだ頃には結構な値がついていたはずだ。
バラハタは食品衛生法で販売が禁じられている対象魚ではないが、筋肉や内臓にシガテラ毒という毒素を蓄積することがある。死亡例はまれだが、下痢、嘔吐、めまい、筋肉痛、温度感覚の異常が、最悪で1年以上継続することがあるというから、危険だ。このため築地市場では販売しないことになっていた。
結局、東京都中央区の中華料理店から「2グループ6人に、蒸し魚として提供した」と4月13日午後に申し出があり、販路は特定できた。幸い食中毒の症状は出なかったが、仲卸業者の間では「築地の信用を落とすとんでもない話だ」と、販売した仲卸業者を非難する声は多い。
それにしても、よく似た2つの魚を見分けた職員。いったいどんな人たちなのだろうか。
検査所では平成26年、イシナギ、オジロバラハタ、バラハタという有毒魚を発見、流通を食い止めた実績がある。
職員数は約40人。このうち検査課に所属する全16人が市場が開いている日に毎日、場内を見回っている。男女比はほぼ半々という。
午前4時から、まず2人1組が場内を回る。同8時からは6組12人で仲卸店舗に陳列された商品の表示が適正かどうかをチェックし、温度管理が必要な水産物には赤外線放射温度計で温度を計測する。この検査で今回のバラハタが見つかったわけだ。
検査所ではほかに、カキなど二枚貝のノロウイルス、食品添加物の適正使用、水銀やポリ塩化ビフェニル(PCB)などの残留物についても検査。26年度だけでしらす干から過酸化水素を検出したり、いなりずし弁当に表示記載のない着色料が使われていることを見つけたりなどの実績を挙げている。
職員には大学の水産学部や農学部の出身者が多いが、獣医の資格を持つ人もいる。自ら現場にも赴くという検査課長の永渕恒幸さん(52)は獣医で、築地に着任するまでは東京都中央卸売市場食肉市場(東京都港区)で長く検査を担当していた。
課長が胸のポケットに入れていたハンドブックを見せてもらった。約40ページの小冊子だが、有毒魚がずらりと並んでいた。
「これを頭にたたき込んで市場を回るんです」と永渕さん。例えば、今回問題になったバラハタはひれの先端が黄色くなっているのが特徴だ。過去には食べると確実に死ぬような魚が販売されているのを見つけ、食い止めたこともある。
素人目にも大変だなと思ったのが「フグ」。フグは肝にテトロドトキシンという強い毒を持つことで知られるが、何も毒は肝の部位だけにあるとはかぎらない。どんなに腕の良いフグ調理師が、どんなにうまくさばこうが、絶対に口にしてはいけない種もある。それが出回らぬように目を光らせるのだ。
「うちの職員なら百発百中、見分けますよ」とこともなげに話す永渕さんだが、記者にはトラフグ以外はさっぱりどれがどのフグなのか、分からなかった。
これほどの人数の専門職員を常駐させている市場は全国で築地だけ。それだけに彼ら、彼女らの両肩にかかる責任は重い。世界に誇る日本の食の安全を、縁の下で日夜支えているのだ。
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