若者らがあこがれる田舎暮らし 「年収300万円を切っても生活は豊か」

 
和歌山県古座川町の古座川で川遊びする人ら(山本拓自さん撮影)

 田舎暮らしへのあこがれから移住を希望する人が、一極集中が続く首都圏だけでなく、関西でも増え始めている。大阪市に拠点を置くNPO法人には、移住に向けた面談や相談が4年間で1・5倍近く増え、自治体との共催セミナーの開催数も2倍以上になった。相談者は40代までの子育て世代や若者が6割を占め、和歌山県や岡山県など大阪からも近い西日本の田舎を希望しているのが特徴だ。そうした田舎をかかえる自治体も「知名度、親近感とも東京よりも大阪の方が高いのでは」と期待を寄せている。(中島高幸)

 川でカヌー、山でバイクも

 8月27日、和歌山県主催のセミナー「わかやま暮らし相談会withアウトドアライフ」が「シティプラザ大阪」(大阪市中央区)の一室で開かれた。この施設には、田舎への移住希望者と自治体との「縁結び」に取り組む「大阪ふるさと暮らし情報センター」が事務所を構える。

 セミナーの定員は25人だったが、当日飛び入りで参加する人も多く、会場は熱気に包まれていた。同県や田辺市、那智勝浦町、北山村など自治体担当者が地域の魅力や休日の過ごし方などを説明。中央のスクリーンに悠々と流れる川で思い思いに遊ぶ人たちの写真が映し出されると、参加者からはいっせいにため息が漏れた。

 先輩移住者も田舎暮らしの体験談を語った。県南部の山あいにある古座川町の山本拓自さん(44)は8年前に埼玉県から妻の出産を機に移り住んだ。田舎暮らしは横浜育ちの妻が希望した。

 「(休日には)ハンモックで寝たり、近くの古座川でカヌーで遊んだりしている。山の中でバイクも走らせている」と田舎暮らしを満喫しているという。そして「コンビニも大きな病院も信号機もない。でも不便だと思ったことはない。都会で日常生活を送るストレスはなく、毎日が楽しい」と語った。

 山本さんはNPO法人の研修指導員として働きながら、ユズや米を作る。家庭で消費する分はまかなえているという。「お金を使うことがほとんどなく、財布に5千円を入れるとそのまま1カ月たっても残っていることもある」と話し、生活費が都会ほどかからないという点を強調した。

 大阪に窓口開設相次ぐ

 大阪ふるさと暮らし情報センターは「ふるさと回帰支援センター」(東京)の西日本の拠点として平成21年に設立された。地方移住への関心は高まっており、23年に年間30回だった関係県などとの共催セミナー数は、27年には65回で2倍以上に増え、今年は80回を超える見込みという。問い合わせや面談などの件数も23年の8606件から、27年は1万2380件へと1・5倍近くに増えた。

 センターの事務所内では当初、福井県が月に1日のみ窓口を開いていたが、次第に窓口開設を希望する府県が増え、今では岡山県の担当者が常駐し、京都、和歌山、長野など11府県が週に3日~月に1日程度、相談窓口を開設するまでになった。

 京都府や岡山県の担当者は「東京よりも大阪の方が知名度があり、期待感がある」と口をそろえる。

 東京と大阪では毎年、全国の自治体などが移住情報を提供する「ふるさと回帰フェア」が開かれ、大阪で今年8月に開催されたフェアでは、38道府県から約250地域・団体が参加し、過去最多の176ブースが並んだ。3200人以上が訪れ、昨年から大幅にアップしたという。

 「大阪に近い田舎」

 東京のふるさと回帰支援センターが昨年、相談者を対象に実施した移住希望地アンケートでは、1位が長野県、2位に山梨県といった比較的首都圏に近いエリアがランクインする一方で島根県や岡山県など西日本エリアが上位に食い込むなど、幅広い地域を検討しているのが特徴だ。

 一方、大阪ふるさと暮らし情報センターに訪れた昨年の相談者の希望地は、1位和歌山、2位岡山、3位兵庫など西日本エリアが上位を占める。同センターの井内秀起所長(63)は「大阪から車で2~3時間の範囲で、何かあれば大阪に戻れる地域が人気だ」と話している。

 希望地のトップだった和歌山県は、26年から同センターに、昨年から東京のセンターにも相談員を置いている。同県過疎対策課によると、移住者の割合は大阪が4割、東京含む関東エリアが2割だ。担当者は「大阪が多いが、潜在的な移住希望者が多いのは東京だ。さらに知名度アップを図りたい」と話した。

 2位の岡山県は、同センターと東京のセンターに24年から担当者を常駐させている。岡山県中山間・地域振興課によると、27年度の移住者全体に占める割合は大阪が最も多い14%、広島が11%、東京10%の順だ。

 災害が少なく気候が温暖で、ほどよく都会でほどよく田舎という点が人気だといい、担当者は「大阪へは新幹線なら1時間足らずで行ける。移住者の割合が高まっている地域もある」と説明した。

 シニア層でなく子育て世代に

 14年に東京でふるさと回帰支援センターが設立された。元々は、団塊の世代の定年後の田舎暮らしを支えるのが主眼だったが、近年は30~40代の子育て世代からの相談が増えているという。大阪ふるさと暮らし情報センターのまとめでは、昨年の相談者の割合は40代までが61%を占めた。東京の統計でも20年は30%だったが、27年は67%にまで増えた。

 8月に開かれた和歌山県のセミナー会場でも、若い世代やカップルの参加が目立った。大阪市内の会社員の男性(32)は「今の仕事は完全なデスクワークで人との関わりがない。収入が減っても、時間に余裕があるほうがいい。観光産業などに携わりながら、趣味に没頭する生活もいい」と話していた。

 また、兵庫県伊丹市の会社員の男性(24)は、満員電車での通勤などにストレスを感じているといい、自然豊かな環境での生活を模索している。「農業や漁業をしながら、ブログで情報発信し、収入を得たい」と語った。

 同センターの井内所長は「テレビ番組などで田舎暮らしが取り上げられ、地方移住の敷居が低くなった。就学前の子供がいる家庭からの相談も目立つようになった」と話す。

 地方に移り住めば、それまでの年収が下がることもあるが「田舎には、隣のおばあちゃんから野菜をもらえるような相互依存関係もある。若い世代は、年収300万円を切っても生活は豊かだという価値を見いだしている」と指摘する。