学校の「滞在時間」が短いイタリア 多様な価値観享受するチャンス

 

【安西洋之のローカリゼーションマップ】

 経験は何かの判断に役に立つが、判断の幅を狭くしてしまうことも多々ある。もちろん経験が悪いのではなく、経験を相対化する力の問題である。

 先日、日本で古い友人と会って酒を飲んでいると、「そういう考え方は常識から外れるよね」というセリフが何度も出てきた。大企業に長く勤めていると職場の環境だけでなく、外でもつきあう人の範囲が限定されるから、どうしても「(長く社会を支配していると思い込んだ)常識」が頭に占める割合が高くなる傾向にある。

 それを我が身にあてはめ、よく反省するのは教育のことだ。

 ミラノで子供を育てていると、自分の日本で受けた教育との違いに山ほど遭遇する。「そんなことありえないだろう」と驚く。その一つに学校の滞在時間がある。

 現在、高校生の息子は学校滞在時間が今までで一番短い。幼稚園にいる時期が、滞在する時間が一番長かった。午後6時に迎えにいけば良かった。小学校に入り高学年になるに従い、学校給食の週あたりの日が減り、自宅で昼食をとる日が増える。中学生では週に2日しか学校で食べない。午後、「部活」があるわけでもなく、学校とは距離のある「私生活」の時間がふんだんにある。

 高校生になると全て昼前に帰宅する。ただし昼前といっても午後12時ではなく、12時半の日が週4日、午後1時半の日が2日だ。午後は学校とは関係なく水泳のクラスなどに週1-2回通っている。

 夕飯まで帰宅しない日本の学校生活とは大違いだ。

 1日中、学校生活に浸りきり夕方まで部活で汗を流すのが中・高校生の典型的な生活サイクルと思っていたぼくにとって、ミラノのスクールライフは当初、何とも物足りないものに見えていた(ただ単位取得は厳しく、高校入学時、1学年は1クラス25人の6クラスでスタートしたが、毎年、合計1クラス分の生徒が落第して転校などを余儀なくされ、この9月から4クラスで3年目がはじまる)。

 学校で授業が終わったら、ほとんど即帰る。だいたいお腹が減っていることもあるが、あまり友達とつるんでダラダラとしない。昼食を一緒にとるならば前日から「明日はピッツァを食べよう」と約束する。帰宅途中に「ちょっと食べていこうか?」と何となく誘い合うパターンではない。

 スポーツクラブに行かせても週2-3日が限度で、それ以上の日数は「運動のし過ぎは身体に良くない」と指導される。

 しかし、この「物足りないシステム」がだんだんと良いものに見えてきた。

学校中心ではない生活とは価値の分散であり、また子供にとっては多様な価値を享受するチャンスなのだ。

 それだけではない。いじめの発生を抑制する作用がある。ミラノの中高校にもいじめは当然あり、深刻な事件もある。

 が、四六時中、同じ仲間と行動を共にするのではなく、複数の社会に入っているため、一つのコミュニティでの嫌なことを別のコミュニティで打ち消しやすい。いじめが陰湿化されにくいのだ。

 日本での自分の学校経験を基準におき、イタリアの学校生活のネガティブな部分ばかりに気をとられていると、なかなか見えなかった部分である。

 この理解の延長線上で「高校5年間に200時間の職業経験が必要」「70時間の社会ボランティア活動を、授業の単位を落とした際の挽回分として使える」(時間数は学校によって違うようだ)といったルールをみると、学校教育の狙いが更に見えてくる。

 息子の通っているのは職業のための技術習得を目的とした高校ではなく、科学系普通高校である。それでも職業経験が学校での勉強と並んで必須となっている。人の生活を多角的に経験するのが前提なわけだが、このシステムやルールをものすごく好意的に解釈すると、全人格的教育の決定版に見える。

 しかしながら、自由時間の多い環境で子供の生活がルーズになりやすいのは避けがたい。

 よって、日本の地下鉄で夏休みの部活の帰りらしい高校生たちが、例え黙って1人でスマホをいじっていても「マシ」に思える。ぼくの頭にも「没入する学校生活像」が羨望の的として浮かんでくる。

 そして次の瞬間、経験の相対化ができていない自分を呪うのだ。なんやかんや言って、親も楽な方に流されやすい。子供の「没入しない生活」をもっと積極的に支えないといけない、と自省する。(安西洋之)

【プロフィル】安西洋之(あんざい ひろゆき)

上智大学文学部仏文科卒業。日本の自動車メーカーに勤務後、独立。ミラノ在住。ビジネスプランナーとしてデザインから文化論まで全方位で活動。現在、ローカリゼーションマップのビジネス化を図っている。著書に『デザインの次に来るもの』『世界の伸びる中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』 共著に『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか? 世界で売れる商品の異文化対応力』。ローカリゼーションマップのサイト(β版)フェイスブックのページ ブログ「さまざまなデザイン」 Twitterは@anzaih

ローカリゼーションマップとは?
異文化市場を短期間で理解するためのアプローチ。ビジネス企画を前進させるための異文化の分かり方だが、異文化の対象は海外市場に限らず国内市場も含まれる。