自転車ラックつき路線バスは公共交通を変えられるか? レジャー用途にも期待
平日の朝、サンフランシスコの街角に銀ぴかのバスがやってくる。バスには自転車ラックもついており、従業員は愛車とともに出社して、広大な本社キャンパス内での移動に使うこともできる。
米グーグルやアップルの通勤バスには、そればかりかWi-Fiも完備され、シリコンバレーの職場までゆったり座って行けるという。日本の通勤事情を考えるとため息の出そうな話だけれども、じつはそういった企業シャトルバスだけでなく、ハワイや(西海岸のオレゴン州)ポートランドをはじめ、アメリカの多くの地域では路線バスにも自転車ラックがついていて、自転車とともに移動できることはご存知だろうか?
日本では地方の中山間地域を中心に、公共交通網の維持が課題になっている。鉄道はおろか路線バスも採算の目処が立たず、次々に廃止される事態となっているのだ。その対策として予約制のデマンドバスへの移行や、宅配便荷物との貨客混載による空きスペース活用、さらに一部ではNPO(民間非営利団体)との協業により地域住民の自家用車をお年寄りの足として活用する試みも始まっている。
そうした試みの一環として、アメリカのように自転車ラックつき路線バスの導入を推進するのはいかがだろうか? バス停まで自転車でアプローチできるなら運行本数も基幹路線により重点配分することで利便性と効率をさらに高められそうだし、バス下車後も自転車で動けるなら乗り手よし、商店街よし、レジャー施設よしの近江商人ならぬ“三方よし”も期待できるのではないか?
だが、そのように想像を巡らせるのは易しだが、行うは難しだ。そこで今回は、首都圏周辺の事例に的を絞って調査取材し、その課題や今後の可能性について考えてみることにした。
▽赤城山麓の急坂でリフト代わりになってくれる前橋駅発のバス
自転車の積載が可能なバスは、北海道ニセコ町の「ニセコバス」や、滋賀県大津市の堅田駅~細川系統で江若交通が運行しているバスなど、すでに全国各地に存在する。関東一円に限っても、以下の各路線で利用可能だ。
・神奈川交通「自転車ラックバス」
本厚木駅~宮ヶ瀬間の3路線。下り9便/上り8便など。外部ラックに自転車2台まで。追加料金100円。
・つくバス北部シャトル線「自転車積載バス」(茨城県)
つくばセンター駅~筑波山口。下り15便/上り14便。外部ラックに自転車1台。
・日本中央バス「自転車積載バス」(群馬県)
前橋駅~富士見温泉間(富士見温泉線)。一日10~14便ずつ。車内に2台
前橋駅~上野田・桃泉間(榛東線)。一日5~10便ずつ。車内に2台
・東海バス「天城線サイクルラックバス」(静岡県)
修善寺駅~河津駅間。一日10便ずつ。外部ラックに2台、車内に1台。
このうち群馬県の日本中央バスの便は、1996年4月に日本初の自転車積載可能バスとして運行を開始したもので、先駆事例として興味深い。当時の背景としては、赤字による路線バスの民間運行の廃止があり、前橋市と近隣町村が廃止代替路線を日本中央バスに運行委託するに当たり、利便性を高めて少しでも利用者を増やそうと、「自転車も載せられるバス」を導入することにした経緯がある。
というのも、とりわけ富士見温泉線は赤城山麓の長い坂道を登る経路で、自転車で移動するとなると下りは楽だが、登りは延々自転車を押して歩く労苦を強いられるからだ。その登りで自転車をバスに載せられるなら、前橋市への通勤通学がずいぶん楽になり、さらに夜間における女性自転車利用者の防犯対策にもなることが想定された。
さらに特筆に値するのは、バス車内に車輪固定具を取り付けることで、富士見温泉線でバス1台に自転車5台、榛東線で自転車10台というまとまった台数の積載を可能にしたことだ。
▽クルマ社会の地方では高齢者と高校生が乗客の中心
そうして運行を開始した「自転車積載バス」の利用者数は、2年後の98年の時点で年間約2400人であり、その6~8割が高校生であった(国土交通省資料より)。利用可能な総台数で考えればバス5~10台にようやく自転車1台が載っているくらいの計算で、やや寂しいが、そこから穿って考察すると、クルマ社会の地方でバスに乗ってくれるのは結局高齢者と高校生が中心にならざるをえないという現実の厳しさが浮かび上がる。
というのも、世帯当たり自家用乗用車普及台数で群馬県は1.648台と、福井、富山、山形に次ぐ第4位(2016年3月末現在。自動車検査登録情報協会調べ)で、全国屈指のクルマ社会だからだ。
そのようにして「自転車積載バス」利用者の大半を高校生が占めるとなると、運用上の困難としておのずと想起されるのが、学校が終わった後のちょうどよい時間帯の便に自転車を載せたい生徒が集中して、自転車積載可能台数を上回ってしまうという事態だ。これについて前橋市に聞いてみると、次のような回答が得られた。
「自転車でのバス利用者はたいてい決まった顔ぶれですので、重なってしまった場合には話し合いで譲り合う習慣になっているようです」(前橋市政策部交通政策課副主幹の飯島弘一氏)
これは、譲り合いのマナーが現場で醸成されている事例として微笑ましくもあるが、裏を返せば、譲り合いで済む程度に固定利用者が留まっているということでもあり、ここにも課題が浮かび上がる。運行開始から20年を経て電動アシスト自転車の普及が進んでいるにしても、“赤城おろし”と呼ばれる風の強さで知られる地域であるだけに、自走を避けて自転車にバスを載せる潜在ニーズは少なからずあるはずだからだ。
そのようにして日本中央バスの「自転車積載バス」は、利用者の大幅増という点で課題を残しながらも、自転車と一般乗客、さらには車いす利用者までが同じバスに乗り合わせる形態で運行を続けている。各地でバス路線の存続に赤信号が灯るなか、それは立派なことだ。なお高齢化の流れを受けてか、ノンステップバスなどへの置き換えが進み、現在では両路線ともバス1台に自転車2台までという積載台数になっている。
▽レジャー客に使ってもらえば自転車人口も拡大?
そこでだが、せっかく自転車が輪行袋不要で載せられるのだから、地元の人だけでなくレジャー客にどんどん使ってもらうという手はないのだろうか?
なにせ、赤城山のヒルクライムに重なる経路だ。標高1400メートルほどの峠から北に下って沼田に至る長大な山越えコースも設定可能で、その登りの中途まででバスをリフト代わりに使えることになる。それについても尋ねてみたが、「ロードバイクなどの愛好家の方は、ヒルクライムそのものを楽しもうとする志向が強く、こちらのバスを利用する例はほとんど見られない状況です」(同氏)とのことだった。
要するに、本格的なロードバイク乗りには中途半端なショートカットと映り、かといって初心者やファミリー層を取り込むまでには至っていないということだ。
初心者の取り込みという観点で、関東一円の事例のなかでも魅力的なのが、静岡県の「天城線サイクルラックバス」だ。こちらは伊豆半島中央部を縦断する経路で、途中の天城峠は標高710メートル。これでも初心者にはギブアップ必至のきつさだが、峠までバスで行けるなら、サイクリングの楽しい部分だけを切り取って味わえる。まさしくリフト感覚でバスを使えるのだ。そういった経験を入り口に自転車人口がじわじわと広がっていく可能性はある。
そうは言っても、自転車をバスに載せることの実態は、やはり、グーグルやアップルの通勤シャトルバスのような気軽なイメージではいかないようだ。日本中央バスのように車内積み込み方式にすると乗降の際に手間がかかり、慣れていないとつい尻込みしてしまうこともあるだろうし、バス前面のラックに載せる方式の場合には、せいぜい2台しか載せられないという台数の制約がつきまとう。
だが、それでも、自転車→バス→自転車という移動形態が幅広く利用可能になれば、一家に3台目のクルマからスポーツサイクルへの乗り換えなども含めて、ライフスタイルや消費動向にも大きな変化が生じることも期待できる。そして日本は国土が山がちであることから、神戸市と長崎市を筆頭に、坂道の多い街があちこちにある。現状ではまだまだ課題が多くても、この交通システムの将来における可能性に期待したい。(待兼音二郎/5時から作家塾(R))
《5時から作家塾(R)》 1999年1月、著者デビュー志願者を支援することを目的に、書籍プロデューサー、ライター、ISEZE_BOOKへの書評寄稿者などから成るグループとして発足。その後、現在の代表である吉田克己の独立・起業に伴い、2002年4月にNPO法人化。現在は、Webサイトのコーナー企画、コンテンツ提供、原稿執筆など、編集ディレクター&ライター集団として活動中。
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