「闘将」星野仙一になりたい上司よ ただの勘違い野郎になっていないか

 
阪神-広島9回裏、1死満塁右越えにサヨナラ打を放った赤星憲広を抱きしめる阪神・星野仙一監督=2003年09月15日、甲子園球場(撮影・安部光翁)

【常見陽平のビバ!中年】

 闘将、逝く。1月4日、星野仙一が亡くなった。中日、阪神、楽天で監督を歴任し、3球団ともリーグ優勝に導いた。数々の逸話、武勇伝がある野球界のレジェンドである。生前のご活躍に敬意を表しつつ、ご冥福をお祈りしたい。

 思えば、「闘将」という言葉は、星野仙一のためにあるような言葉である。かつては『闘将ダイモス』という今や忘れ去られたアニメがあったし、『闘将!!拉麺男(たたかえ!!ラーメンマン)』という『キン肉マン』のスピンオフ作品もあった。しかし、この世で「闘将」という言葉がこれほどふさわしい人間は、星野仙一をおいて他にいない。

◆みんなに愛された星野仙一

 会社員時代、名古屋に転勤したことがあった。2002年から2004年にかけてである。千種区の今池に住んでいたのだが、近所には中日ファンが集まる店として有名な中華料理店「ピカイチ」があり、よく通った。当時、星野仙一は阪神の監督で、4年連続最下位だったチームを立て直し、見事リーグ優勝を果たした頃だった。ライバル球団であるにも関わらず、名古屋人は星野の活躍を喜んでいた。そう、私が会った名古屋人はたいてい、星野仙一を愛していた。

 厳しさの中に愛情を感じさせる指導スタイルから、星野仙一は「理想の上司」としてあげられることも多々あった。産業能率大学が毎年発表している「理想の男性上司」ランキングでは、星野仙一はこの20年間で9回もベストテンに選出されている。

 2000年度に5位に顔を出すと、阪神のリーグ優勝を果たした2002年度には1位を獲得。それからは北京五輪の日本代表監督を務めた2008年度まで、上位10位内を毎年キープした。その後2年はランク外だったが、震災に見舞われた楽天監督就任初年の2011年度には7位と人気が回復した。もっとも、その後はランキングから消えている。

◆経営者がランクインしない「理想の上司」

 長年指摘していることだが、そもそもこの理想の上司ランキングは調査方法に問題がある。実は各年代から幅広く回答を得ているのではなく、その年の4月前後に、産能マネジメントスクールのセミナーを受講した新入社員が調査対象となっているのだ。彼らはまだ正式に配属される前であり、実際の上司と一緒に働いた経験がほぼない。彼らに訊いた「理想の上司」はあくまでイメージでしかないのだ。

 基本的に、ランクインするのは、芸能人、スポーツ選手である。経営者がランクインしないのも興味深い。特に芸能人においては、その人のもともとの能力・資質というよりは、映画やドラマで演じた役柄による影響が大きい。全般にわたって、調査前年のドラマや政治、スポーツの結果に大きく左右されているのだろう。

 とはいえ、傾向のようなものがないわけではない。特に2005年以前と2006年以後の男性上司に注目したい。2005年以前に常連であった長塚京三が2006年には姿を消し、代わりにイチローが常連となっている。2006年はWBCが初開催された年だ。2次リーグで韓国に二度目の敗戦を喫した直後、イチローが吼えたシーンは何度もテレビで放映された。以降イチローは理想の上司ランキングの常連となっている。チームのみんなを態度・姿勢で引っ張るイチローが理想の上司と映るのだろう。一方、やさしく見守ってくれそうな長塚京三は姿を消してしまった。

◆星野仙一になりたい上司の勘違い

 さて、星野仙一に話を戻そう。いまや、新人時代に星野仙一が理想の上司だとあげた者が、中間管理職になっている。ただ、星野仙一に憧れるのはいいが、「星野仙一になりたい」といって闘将然として振る舞うことには慎重になったほうがいい。

 星野仙一のどの部分を尊敬するのか、憧れるだけか、あるいは実践しているのか…どこまで影響を受けているかにもよるが、星野仙一そのものの偉大さと、星野仙一に憧れる者の振る舞いとでは、ギャップ問題が起こらないか。

 面倒なのは、“燃える男”を勘違いして単にモーレツ体質になっている者だ。かつて、星野仙一の指導スタイルは“怒鳴る殴る”で非常に厳しかったと知られているが、パワハラに匹敵する指導法や精神論・根性論を、そのまま現代の会社組織に持ち込むことは当然危険だ。

 さらには、自分では面倒見が良いと思い込んでいても、部下からは支持されていない寒い者もいる。後輩たちの世話を見てやっているんだという“自己陶酔モード”で接せられると、暑苦しかったり無駄なストレスを抱えたり、部下としては非常に迷惑なのである。

 中間管理職として働く中年たちは、自分が加害者になっていないか、落ち着いて考えるべきだろう。書いていて虚しくなったが、同世代の中年は管理職の者がいるんだな……。会社員時代は上司に恵まれたが、別にえらくなりたいとも、面倒くさいことをしたいとも思わなかった。だから私は会社を辞めた。星野仙一になりたい上司に限らず、勘違い野郎に潰されないこと、自分が勘違い野郎にならないことに気をつけたいところだ。

◆日本企業の課題は「上司力」

 ところで、このランキングは「ないものねだりランキング」なのではないかと感じてしまう。日本企業の課題は、「上司力」だ。長年の採用抑制により後輩に接する機会が少なかったこと、組織のフラット化により、役職が減ったことによる弊害などが理由として考えられる。

 また、仕事の進め方なども変化していると言える。ここ十数年は熾烈なグローバル競争やITの技術革新などビジネス環境が大きく変わった。さらに働き方改革の大合唱の中、労働時間を減らしつつ、パフォーマンスを上げなくてはならない。

 マネジメント対象も多様化している。新卒で入ってきた者だけでなく、中途入社の者、雇用形態が異なる者、出産・育児から復帰した者、仕事と介護を両立している者、障害者、性的少数者など多様な部下をマネジメントしなくてはならない。

 人材マネジメントに力を入れている企業は、「上司力」の向上に力を入れている。次世代リーダー育成研修、マネジメント研修、あるいは、若手の教育担当をすること、インターンの受け入れ担当をすることによるプチ上司体験などである。管理職向けの情報共有を推進し、この層向けの社内報をわざわざ立ち上げている企業もある。

 これだけ社会が変われば、求められる上司像も常にアップデートされている。誰を理想の上司アイコンに掲げるかはそれぞれの勝手だが、その振る舞いが時代に逆行していたり、周囲から痛いと思われていたりしないか、できれば自覚したいところだ。

【プロフィル】常見陽平(つねみ・ようへい)

千葉商科大学国際教養学部専任講師
働き方評論家 いしかわUIターン応援団長
北海道札幌市出身。一橋大学商学部卒業。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。リクルート、バンダイ、クオリティ・オブ・ライフ、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部専任講師。専攻は労働社会学。働き方をテーマに執筆、講演に没頭中。主な著書に『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など。

【常見陽平のビバ!中年】は働き方評論家の常見陽平さんが「中年男性の働き方」をテーマに執筆した連載コラムです。更新は隔週月曜日。

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