「すべてのクルマがEV化されたら、サウンドを楽しむ文化がなくなるのだね」-。5年ほど前に僕は友人達と、そんな心配で盛り上がった。
ガソリンを燃やして推進力を得る内燃機関は、シリンダー内に充填した混合気に着火したときのサウンドが、排気管を通じて吐き出される。あるいは、バルブやカムシャフトが金属を叩く、いわば耳触りなノイズが迫力あるサウンドに置き換わり、クルマに息吹を与える。それが内燃機関の魅力のひとつである。
ポルシェやフェラーリを象徴するサウンド
ポルシェの水平対向エンジンは長い間、カーフリークを虜にしてきた。ボクサーサウンドに惹かれた者は少なくないと。フェラーリの跳ね馬が嘶くような高回転の響は、誰をも魅了する。アメリカンV型8気筒が地べたに落す唸り声は、力強さの象徴である。
EVにはその魅力がない。EVの世界はエキゾーストノートのない世界である。そんな味気のないクルマなんて…。そう嘆いたのが冒頭の会話である。
ただ、ある一人の友人がこういって将来に光明を照らした。「その頃になれば、インバーターの音が良いねぇ、なんてことになるかもしれないよ。モーターが響かせるキーンといった高周波音を聞きながら、やれポルシェの音は力強く、フェラーリのモーター音は官能的だとかなんとか、そんな時代になる」。そう予言したのである。
ガソリンエンジンのように脳天を刺激するようなサウンドを響かせることはない。ただ、金属質の高周波サウンドはインバーターやモーターが奏でている。それを官能的とは思えないが、いずれその音質が魅力なのだと囁かれる時代が来ないとは僕には言いきれないのだ。
ともあれ、それを待ちきれない…という風潮が日増しに高まっている。世界の多くのメーカーが、擬似的なサウンドチューニングに力を注ぎ始めたのだ。
実際のエンジンの音ではない
BMWが開発したレンジエクステンダー(ガソリンエンジンを発電機とし、蓄えた電気だけで走るクルマ)は、まるでV型8気筒ガソリンエンジンのような勇ましい音がした。といっても、実際のエンジンの音ではなく、シンセサイザーのように意図的な細工によって響かせているのだ。搭載するのは直列3気筒エンジンである。
ジャガーのI-PACEなどは潔い。搭載する動力源は100%EVモーターなのに、排気音は獰猛な武闘派スポーツのようである。というのもそれは、「アクティブサウンドデザイン」と呼ばれる手法で、シンセサイザーが作り込んだサウンドをスピーカーから流す。アクセル開度と連動しているから、ともすればリアルなサウンドに聞こえなくもないという凝りようだ。
あくまで疑似的なサウンドだから、調整は自由自在だ。音質も任意に選べるのである。EVなのに、聞こえるはずもないガソリンサウンドが響くことに違和感があったものの、それも走り出して数分のこと。次第に受け入れてしまっている自分に気付いた。
ちなみに、車内ではゴウゴウと勇ましく吼えていながらも、外にはいっさい響かない。というのも、車内のスピーカーから流しているだけだからである。
いずれEVモデルは、どんなサウンドを響かせるのかを選択する時代になる。ピアノの調べ…、ハードロックのシャウト…、仔猫の鳴き声…。これからはクルマはどんどん楽器になっていく。
【クルマ三昧】はレーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、最新のクルマ情報からモータースポーツまでクルマと社会を幅広く考察し、紹介する連載コラムです。更新は原則隔週金曜日。アーカイブはこちら。木下さんがSankeiBizで好評連載中のコラム【試乗スケッチ】はこちらからどうぞ。