「いいものだけを世界から」-。こんなキャッチフレーズをご存知の方も多かろう。欧米車を中心に、自動車販売業を手がけてきた「株式会社ヤナセ」が掲げたかつてのキャッチフレーズである。
輸入車市場を育てた功績
1915年、梁瀬長太郎が創業した「梁瀬商会」は、後に「株式会社ヤナセ」となり、数多くの商品を輸入してきた。いわば、高度成長に沸く日本に、高級な舶来品を届ける商社としての役割を果たしてきた。ゼネラル・モーターズをはじめとしたアメ車の数々や、メルセデス・ベンツやフォルクスワーゲンといった欧州車を積極的に輸入し、日本の経済的な発展だけでなく、日本国民の生活を豊かにしてきた。その功績は大きい。
日本の輸入車マーケットを育ててきたのはヤナセである。その畑がオイシイと見るや否や、海外の自動車メーカーがこぞって日本法人化を進め、ヤナセから輸入権を剥奪。「〇〇ジャパン」を名乗って直接輸入販売の体制を敷いた。だが、それまではヤナセこそが正規品の販売ディーラーであり、品質やサービスの高さを誇っていたのだ。
「クルマはつくらない。クルマのある人生をつくっている」-。現在のキャッチフレーズはこれだ。ヤナセの生き様を物語っている。
ヤナセが日本の輸入車市場をどれだけ育ててきたことか…。かつて僕ら自動車マスコミは、誌面編集のためにヤナセに赴いて、(現在のメーカーのように)広報車と呼ばれるモデルを借り受けていた。販売するだけではなく、日本の自動車文化をも育てていたのだ。
ヤナセに入社し高級品の販売方法を学んだセールスマンがのちに各ディーラーに籍を移し、活躍しているという話も聞く。かつてこのコラムで紹介した「自動車販売業を憧れの職業に!」の著者、菊谷聡氏も、ヤナセの出身である。いまではプレミアムブランドのセールスマンを指導し手腕を発揮している。
ヤナセ品であることが品質の証
個人売買のネットを巡れば、ヤナセの果たした役割がわかる。青く縁取りされた黄色い「YANASE」のステッカーが、いまでも高値で販売されているのだ。というのもつまり、GMなりメルセデス・ベンツなり、ヤナセのステッカーが貼られているからこそホンモノであり、並行品とは異なり品質が保証されていることを意味するからだ。
中古車サイトをサーフィンしていても、こんな記述が目につく。「〇〇車 ▲▲年式、ヤナセ車」。ヤナセ品であることが、品質の証なのだ。その記述だけで取引価格が数十万円跳ね上がる。
こんな記述もある。「ヤナセメンテ車 車検ヤナセ」。ヤナセで定期的なメンテナンスを受けているかが、中古車の価値を決めるからだ。
僕も古いメルセデスを所有しているが、ヤナセのステッカーをスペアとして保管してある。万が一事故などに遭遇し、ステッカーが貼られているバンパーを交換せねばならなくなったときに備えているのだ。
ヤナセ製の車検証ケースもネットで高値取引されている。一部の販売会社がブランドとして認知されている稀有な例である。そしてそのブランドパワーは、世界の各メーカーが日本法人を設立したいまでも残る。クルマが個体としての価値ではなく、販売店を含めての動産であることを物語る。
【クルマ三昧】はレーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、最新のクルマ情報からモータースポーツまでクルマと社会を幅広く考察し、紹介する連載コラムです。更新は原則隔週金曜日。アーカイブはこちら。木下さんがSankeiBizで好評連載中のコラム【試乗スケッチ】はこちらからどうぞ。