クルマ三昧

クルマのEV化がタイヤエンジニアを悩ませる? 静粛性の要求「厳しくて」

木下隆之

 注目されるタイヤの静粛性

 クルマ業界は電動化に向かって突き進んでいる。1997年にトヨタがハイブリッド専用車プリウスをデビューさせたのを皮切りに、クルマ業界に電動化の波が押し寄せた。

 「21世紀に間に合いました」-。そのキャッチフレーズには強烈なインパクトがあった。地球温暖化に端を発する排気ガスによる環境破壊が叫ばれはじめたその時期、時代を一気にEV化に向かわせるメッセージだったように思う。

 それ以来、各社はEV化を急いでいるのはご存知のとおり。各国がEハイブリッドを含むクルマの電動化を優遇していることも大きな後押しとなっており、クルマは確実に電動化に向かっている。

 その一方で、俄然注目されているのがタイヤの静粛性だ。クルマのEV化が進むに従って、タイヤが発生するノイズが気になり始めたユーザーも多かろう。クルマにとって主なノイズの発生源であったエンジンがなくなったことで、タイヤのノイズが耳に意識されることになった。これまでエンジン音にかき消されていたタイヤノイズが、煩わしくなったのである。

 タイヤの果たす役割は重要だ。クルマと路面の唯一の接点はタイヤだからだ。走る、止まる、曲がるを支えているのはタイヤである。直進性を保ち、旋回性を支えてもいる。雨の日には高いウエット性能が事故を減らしてくれている。雪道でチェーンを履かずに走れるようになったのは、まさにタイヤの性能が優れているからである。

 それに加えて、転がり抵抗を減らすことで燃費を稼ぐこともある。柔軟性を含ませることで、乗り心地を高めている。日常のパンクも驚くほど減った。タイヤが交通の流れを円滑にしていることは確かなのだ。そんな縁の下の力持ちであるタイヤに、市場はさらに高い静粛性を求める。

-このタイヤ、うるさいね

-本当だね。ゴーゴーと唸っている

-会話がしづらいね

 こんな会話がなされることが少なくない。これまでエンジン音が支配していた騒音の源がタイヤになったのだ。

 打撃音、切り裂き音や膨張音

 タイヤの音源は様々だ。タイヤが転がる時、実は路面に接するゴムは路面を高速で回転しながら叩いている。その打撃音が主たるタイヤノイズの源だ。ゴーゴーと唸っているのがそれだ。

 タイヤが高速で回転するとき、トレッド面(タイヤが路面に接する面)に刻まれた溝が空気の壁を切り裂く。その際に発する風切り音もノイズの原因になる。シャーシャーと耳に届く高周波の音はそれであることが多い。

 路面の凹凸を吸収する際にはタイヤはたわんだり反発したりを繰り返す。その際に発する膨張音もノイズである。耳をそば立てれば、サッカーボールが弾むときのような、ポコポコとした音を意識することができるかもしれない。それほどタイヤノイズは様々なのである。

 とは言いつつも、タイヤを高速で回転させないわけにはいかないし、切り裂き音の原因になる溝を減らしてしまっては、ウエット性能は深刻なレベルにまで落ちる。レース用の溝のないタイヤが証明するように、とてもじゃないけれど雨の日にクルマを走らせることはできなくなる。ポコポコとしたノイズを嫌ってタイヤを変形させなければ、乗り心地の悪化は避けられない。ノイズ発生の原因を取り除くことはできないのに、高い静粛性が求められているのだ。

 とあるタイヤエンジニアは頭を悩ます。「EV化によってタイヤが注目されていることは喜ばしいのですが、要求が厳しくて…」。いまいちど、タイヤの叫びに耳を傾けてみるのも悪くはないのかもしれない。

木下隆之(きのした・たかゆき) レーシングドライバー/自動車評論家
ブランドアドバイザー/ドライビングディレクター
東京都出身。明治学院大学卒業。出版社編集部勤務を経て独立。国内外のトップカテゴリーで優勝多数。スーパー耐久最多勝記録保持。ニュルブルクリンク24時間(ドイツ)日本人最高位、最多出場記録更新中。雑誌/Webで連載コラム多数。CM等のドライビングディレクター、イベントを企画するなどクリエイティブ業務多数。クルマ好きの青春を綴った「ジェイズな奴ら」(ネコ・バプリッシング)、経済書「豊田章男の人間力」(学研パブリッシング)等を上梓。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本自動車ジャーナリスト協会会員。

【クルマ三昧】はレーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、最新のクルマ情報からモータースポーツまでクルマと社会を幅広く考察し、紹介する連載コラムです。更新は原則隔週金曜日。アーカイブはこちら。木下さんがSankeiBizで好評連載中のコラム【試乗スケッチ】こちらからどうぞ。