電気自動車(EV)化は可能性を大きく広げる形態である。というのも、比較的構造がシンプルな電気モーターとバッテリーを主体とするEVは開発が容易だからだ。米EV大手テスラを代表とする新興EVメーカーが増えたのも、内燃機関というもっとも複雑な機構を開発せずに済むからである。
中国が国を挙げてのEV化に邁進するのは、自動車開発での遅れを取り戻すためだ。いまさら内燃機関の開発を進めても、これまでの長い歴史がある欧米や日本に太刀打ちすることは不可能とみた中国は、EV化によって逆転のシナリオを描いている。それほど内燃機関の開発は複雑であり、EVは開発が単純なのだ。
トヨタ自動車の豊田章男社長が会見で、まっしぐらにEV化へと突き進むことの懸念を口にした。原発が稼働せず、再生可能エネルギー率が低い現状の日本のエネルギー環境においてEVが増えれば、一般家庭に回る電気エネルギーが制限されると不安を語った。
同時に、これまで内燃機関の開発を支えてきたメンバーの雇用も心配したのである。内燃機関には多くの技術があり、数多くのパーツが複雑に組み合わされる。それを支えるのは世界各地にネットワークを広げているサプライヤーである。ネジを一つ一つ作る町工場から、大量生産の大工場が欠かせない。こうした背景からも内燃機関が簡単に開発できないことが想像できる。
“聖域”崩壊で新興メーカーが台頭
自動車メーカーの様々な開発セクションの中で、エンジン部門は独特の存在であり、“聖域”でもある。というのも、開発に時間がかかるからだ。
一つのエンジンを開発するのに、十数年単位の期間を費やすといわれている。となれば、エンジン開発は、常に十数年先の環境や交通社会を想像する必要がある。もちろんプラットフォームやサスペンションなどにも開発の困難さがあるのだが、エンジン開発に比較するならば工数は少ない。だからこそ、自動車メーカーにとって新型エンジン開発は慎重にならざるを得ず、踏み切るには勇気が求められる。高額な投資に見合う目算がなければ、新型エンジンなど開発できない。エンジン開発部門が自動車メーカーの聖域とされるのは、それが理由であろう。
自動車メーカーの度重なるアライアンスでコスト制限の対象となるのは、エンジンの共有化である。それがエンジン開発の難しさを物語っているのだが、合従連衡によってパワーユニットを共有するのは、つまりエンジンの開発コストの節約である。日産がメルセデスのエンジンを積み、ルノーと三菱とパワーユニットを共有するのは、まさにアライアンスの強みである。
それほどエンジン開発にはリスクがあり、投資が求められる。企業体質の弱ったメーカーではそれはなおさら重荷になってくる。ホンダが簡単にアライアンスを組みたがらないのは、自社が得意とする内燃機関への共用化を避けたいという思いがあるのかもしれない。というように、エンジンという動力源がこれまでの120年という自動車の歴史を支えてきたのであり、多くの自動車メーカーがエンジン開発に力を注いできたわけだ。
だがそれが崩れつつある。雨後の筍のように新興自動車メーカーが産声を上げるのには、開発が困難な内燃機関を生産せずに済むからだ。となればこれからもEVを主体した新興自動車メーカーが現れても不思議ではない。
先の上海自動車ショーで、新興自動車メーカー「NIO」(ニーオ)の隆盛が伝えられた。「中国のテスラ」と呼ばれるNIOは、テスラの座を脅かすといわれている。エンジン開発から解放されたメーカーの今後の勢いが気になる。
【クルマ三昧】はレーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、最新のクルマ情報からモータースポーツまでクルマと社会を幅広く考察し、紹介する連載コラムです。更新は原則隔週金曜日。アーカイブはこちら。木下さんがSankeiBizで好評連載中のコラム【試乗スケッチ】はこちらからどうぞ。YouTubeの「木下隆之channel CARドロイド」も随時更新中です。