5月22日、15時にスタートした「スーパー耐久シリーズ 富士SUPER TEC 24時間レース」は、前日までの雨が嘘のように晴れ渡り、参加した50台のレーシングマシンが淡々と周回を重ねていた。目指すは翌日23日の15時。途中、燃料補給や消耗したタイヤの交換、あるいはドライバーを交代しながら走り続ける。24時間耐久レースはもっとも過酷なモータースポーツだと言っていい。
そんな過酷な環境に1台の特殊なマシンがいた。トヨタ自動車の豊田章男代表取締役社長が率いる「ROOKIE Racing」(ルーキーレーシング)が、水素エンジンを搭載した水素カローラを走らせていたのだ。
水素カローラはトヨタ「ミライ」のような水素燃料電池車とは異なる。ミライは搭載する水素を大気中の酸素と化学反応させ、得られた電力でモーター駆動する。走りは電気自動車(EV)そのものであり、走行中には一切の二酸化炭素を排出しない。
だが水素カローラは内燃機関を搭載する。シリンダーに噴霧する燃料をガソリンから水素に変更しただけなのである。同様に、走行中には一切の二酸化炭素を排出しない。
水素カローラにはGRヤリスのパワートレーンが移植されており、1.6リッター直列3気筒。まだ開発途上ゆえGRヤリスのパワースペックである272psには達していないが、いずれ可能だという。
スーパー耐久レースは、市販車をベースにレース仕様の改造を施したマシンで戦われる。F1やル・マン24時間マシンのようなレース専用ではなく、市販車の面影を色濃く残す。つまり市販車の性能が勝敗に強く影響する一方、市販車を鍛える場としての使命がある。今年新設された「ST-Q」クラスは特にその色彩が強い。他のクラスが、改造の度合いや排気量で区分けされているのに対して、ST-Qはマシンの速さではなく開発意図の有無で出場が許可される。
ちなみにST-Qクラスに参戦するマシンは2台。ともにルーキーレーシングが走らせるGRスープラと、そして話題の水素カローラのみなのだ。
したがって、この2台は勝敗とは無縁の耐久テストの意味合いが強い。コンペティションに挑むチームと同様に予選でスタートグリッドが決まり、同時にスタート、24時間後にゴールするという点では規則もタイムスケジュールも特別扱いはないが、賞典外だ。つまり、ルーキーレーシングは過酷なコンペティションの場に水素燃料マシンを送り込み、荒波の中で鍛える道を選んだのである。
EV信仰へのアンチテーゼ
かくして挑んだ水素カローラは、排気量1.5リッター以下のクラスと対等なラップタイムで周回を重ねていた。GRヤリスの約10秒落ちである。搭載燃料の違いで、ライバルが1時間30分前後で燃料補給を繰り返しながらバトンをつなぐのに対して、水素カローラは約25分前後でピットインを繰り返し、水素燃料を充填していく。走りそのものは内燃機関のそれである。排気音もするし、回転の上昇に比例して速度を高めていく。
実際に筆者も、BMW・M2CSレーシングでこのレースに参戦しており、コース上でたびたび水素カローラと並走している。印象としては、ごく自然な走りである。とても走行中に二酸化炭素を一切排出していないとは思えない。EVでは想像もできない走行リズムなのだ。
今回のルーキーレーシングのプロジェクトは、カーボンニュートラルへの可能性の模索である。やみくもなEV信仰へのアンチテーゼ、水素を燃料とした内燃機関の可能性の高さを示したという点で、今回の参戦は意義のあるもののように思える。
レースがスタートして24時間後、チェッカーフラッグを潜る水素カローラの姿があった。初参戦で初完走。可能性を突きつけられた思いである。
【クルマ三昧】はレーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、最新のクルマ情報からモータースポーツまでクルマと社会を幅広く考察し、紹介する連載コラムです。更新は原則隔週金曜日。アーカイブはこちら。木下さんがSankeiBizで好評連載中のコラム【試乗スケッチ】はこちらからどうぞ。YouTubeの「木下隆之channel CARドロイド」も随時更新中です。