ホンダ「S660」が生産終了になる。誕生は2015年3月。本田技術研究所設立50周年を記念した社内の商品企画イベントで大賞に輝いた「軽自動車のミッドシップスポーツ案」が形になったという、稀有な生誕の逸話を持つS660が消滅するのである。
電動化の波に消えゆくマイクロスポーツカー
S660の開発責任者は、当時社内応募した26歳の青年が担った。若い発想を大切にしたいという、いかにもホンダらしい体制でS660の開発はスタート。それが当時、話題をさらったことは、いまも記憶に新しい。
今回試乗したのは、そのファイナル仕様である。生産中止をアナウンスした直後に注文が殺到、残りの生産可能台数を超えてしまった。つまりは「即完」である。したがってもう新車を手にすることはできない。
ホンダはカーボンニュートラル(脱炭素)に突き進み、そのために電動化を推し進めると明言。たった660ccとはいえ電気の力を借りぬスポーツカーを生産している余裕はない。しかも、ホンダが掲げる電動化路線にはハイブリッドも含まない。ホンダが生産するクルマはすべてEVか水素燃料自動車であり、ハイブリッドも含めて内燃機関のすべてが否定されているのだ。したがって、ピュアな軽スポーツカーが生き残れるはずもない。
加えて、衝突安全や環境規制への対応など、新車開発には超えなければならないハードルが山積である。後継モデルの噂はまだ聞こえてこない。となると、この希少なミッドシップ軽という、世界でも類を見ないマイクロスポーツカーはこれで絶版になることが決定している。
電動の時代にも走る喜びを
ただし、希望の光も射す。これまで治外法権のように電動化から逃れてきた軽カーも、よりストロングな電動化に進まざるを得ない風潮にある。日本の道路を走る約半分は軽自動車である。単体で見れば軽量コンパクトであり可動距離も少ない。環境への影響度はそれほど高くはない。とはいえ、進化著しいハイブリッドに比較して、燃費や二酸化炭素排出量で見劣る。官民あげてのカーボンニュートラルには、道路の半分を占める軽カーも電動化せねばならないのである─という風潮が、S660の後継モデル計画に結びつかないものかと期待するのだ。
操縦フィールは爽快である。アップテンポな気持ちでコーナリングに挑むのは快感である。パワーは64psなので、アクセルペダルを床まで踏み込んでも力強く加速するわけではない。だが、限られたパワーを精一杯叩きつけて走らせる喜びは格別なのである。
カーボンニュートラルに突き進む中で、失われそうなのはドライビングする喜びである。そして走りが楽しいモデルの絶滅が危惧されている。電動化を叫んだホンダだからこそ、新世代のS660を開発してほしいと願う。
【クルマ三昧】はレーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、最新のクルマ情報からモータースポーツまでクルマと社会を幅広く考察し、紹介する連載コラムです。更新は原則隔週金曜日。アーカイブはこちら。木下さんがSankeiBizで好評連載中のコラム【試乗スケッチ】はこちらからどうぞ。YouTubeの「木下隆之channel CARドロイド」も随時更新中です。