ロータリーエンジンを知らない世代が増えているという。それも道理で、ロータリーエンジンが新車に搭載されたのは、2012年に生産が終了した「RX-8」までだ。あれからすでに9年の歳月が流れた。免許証を取得したばかりの若者には、耳馴染みのないエンジンに違いない。
“撃速”スポーツカーの心臓部
ロータリーエンジンは、ドイツのF・ヴァンケル技師が発明した。その後、今はなきドイツの自動車メーカー「NSU」が開発を続けていたが、製品化には辿り着けず、マツダが開発の権利を取得。それ以来、世界でマツダ1社だけが開発・販売を手掛けてきた稀有なユニットなのである。
ロータリーエンジンは、エンジン本体の中で三角形のローターが回転しながら動力を生み出すのが特徴だ。ピストンシリンダーが上下動するレシプロエンジンとは機構がまったく異なる。ロータリーが円運動をそのまま駆動輪に伝えて回転させているのに対し、レシプロは直線運動を回転運動に変換させている。
言葉にすればロータリーエンジンが理にかなっているような気がする。実際にロータリーエンジンは、レシプロの約半分の排気量で同等のパワーを発揮する。ユニット自体は驚くほどコンパクトであり、その特徴を生かしてスポーツカーに搭載されていた。
マツダの名車「コスモスポーツ」や一世を風靡した「サバンナ」に搭載。“撃速”スポーツカーの心臓部として君臨した。モータースポーツでの排気量換算係数は1.7。つまり、排気量を1.7倍した大排気量クラスとの戦いを強いられた。それほど効率が良かったのだ。
軽量コンパクトであったため汎用性も高く、水素燃料でも回る。レンジエスクテンダー(航続距離延長装置)としての活用も期待されている。だが、膨大な開発費が必要な内燃機関であり、パテントを持つマツダ1社のみの開発では進化の歩みが遅い。厳しい環境基準や懸案の燃費を改善させることができず、ついに新車への採用が途絶えたという名機である。
いまも手作業で作られるロータリーエンジン
だが、そんなロータリーエンジンの生産は終わっていなかった。名機「13B型ロータリー」が月200~400機のペースで生産されていると聞いて色めき立った。新車の生産を終えたとはいえ、ロータリーエンジン搭載車はまだ世界の道を走っているわけで、そのための補修部品も作り続けられているし、新品のコンプリートエンジンもデリバリーされているのである。エンジン本体の価格は86万951円。今でも新品が手に入るのだ。
ただし、大量生産ではないため、生産は工場の片隅で行われる。生産が行われているマツダ第2パワートレーン製造部には、古い工作機械が並ぶ。コンピューター管理の機材ではなく、ひとつひとつ刃物を組み換えたり歯車を回したりしながらの生産だ。ロータリーエンジンが初めて生産されたのは昭和48(1973)年のことだ。当時の工作機械も少なくないというから、ほぼ半世紀にわたってロータリーを作り続けてきた機械が現役で稼働しているのだ。
製造はほぼ手作業で行われている。作業員はロータリー誕生から接してきたベテランが多く、最大でも10人程度のメンバーで生産しているというから、これはもう骨董品か記念物であろう。ほとんど手組みだから、ベテランの勘と技術に頼っている。東証一部上場の大企業にあって、まるで町工場のように10人の熟練工がエンジンを生産するというのだから、マツダのロータリーへの愛情の高さがうかがえる。
マツダのロータリーエンジンはまだ終わっていない。古くからロータリーを愛用しているユーザーへのアフターフォローであり、一方で近い将来の復活に備えて、ふつふつとパワーを蓄えているようにも感じた。
【クルマ三昧】はレーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、最新のクルマ情報からモータースポーツまでクルマと社会を幅広く考察し、紹介する連載コラムです。更新は原則隔週金曜日。アーカイブはこちら。木下さんがSankeiBizで好評連載中のコラム【試乗スケッチ】はこちらからどうぞ。YouTubeの「木下隆之channel CARドロイド」も随時更新中です。