何をやってもツイてない日というのは、あるものだ。飛行機が遅れ、鉄道の乗り継ぎもうまくいかず、目的地で楽しみにしていたレストランの営業時間には間に合わない。車内販売のワゴンを呼び止めると、残っているのは乾きものだけ。食堂車に足を運ぶと、営業終了ときたもんだ。すでに翌日の準備に取りかかっている。
くるっと踵を返して足音も高く立ち去りかける。と、背後から声がかかった。「どうぞおかけください。ちょうどテーブルクロスを新しいものに掛け替えたところです」
振り返ると、人なつこそうな黒髪の男性が、笑みを浮かべてメニューを広げている。目的地まで、残りの乗車時間は約50分。「おまかせください。必ず時間内に食事を済ませられるよう、ディナーを用意しましょう」。フルコースってわけにはいきませんが、と、片目をつぶる彼に、パスタと飲み物を注文した。
「食前酒です」と、うやうやしくビールを運ばれ、ささくれ立っていた気分が落ち着いてくる。キッチンをのぞいてみると、無精ひげに丸めがねの背の高い男性が、なべを操っていた。
「あいつは、イタリア系」。給仕係を親指で示す。「つまり、すごく愛想がいいんだ」。そう、とりわけ女性にはね。彼が受け止める。「俺はドイツ系。だから、日本人のように正確に時間を計って、パスタを茹でられる」。そして、ふたりともスイス人なんだ。そう続けた。
ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語と、4つの国語があるスイスでは、さまざまな文化的背景をもったひとびとが共存している。食堂車での配置は、適材適所といったところか。
缶詰のソースがかかったパスタひと皿の簡素な夕食。その満ち足りた贅沢を味わい尽くそうと、やや固ゆで過ぎるパスタを大切に噛み締めた。
取材協力/スイス政府観光局 スイストラベルシステム/レイルヨーロッパ
■江藤詩文(えとう・しふみ) 旅のあるライフスタイルを愛するフリーライター。スローな時間の流れを楽しむ鉄道、その土地の風土や人に育まれた食、歴史に裏打ちされた文化などを体感するラグジュアリーな旅のスタイルを提案。趣味は、旅や食に関する本を集めることと民族衣装によるコスプレ。現在、朝日新聞デジタルで旅コラム「世界美食紀行」を連載中。