ただ、進路について「大学には進学せず、上京して役者になる」と告げたときは猛反対された。「人間は生きていると可能性が勝手に目減りしていく。生きるうえでの選択肢も勝手に狭まっていく。だから、あえて自分から選択肢を狭めるようなことはするな。大学だけは行け。卒業後は自由にしていい」
そのアドバイスを受け入れて大学に進学。吉田さんは「もし、役者の道のみを選択していたら可能性が狭まり、今のように経営者にはなっていなかった」と感謝の言葉を口にする。
大学では演劇に打ち込み、卒業後は大手電機メーカーの営業マンに。自身の進むべき道を模索し、ベンチャー企業の執行役員として上場を経験したり、ベトナムでのアパレル事業などを手掛ける企業を立ち上げたりした後、クラウドワークスを起業する。「ようやく『やりたいこと』と『向いていること』が一つになった」
吉田さんにとって、利男さんは「いつも見守ってくれ、危うさを感じたときは『大丈夫か』と問い掛けてくれるありがたい存在」。最初に起業した際は、「本気で展開する気があるのか考えろ。本気でないのなら早めに整理を考えろ」という内容のメールが送られてきた。結局、その事業は約3年で失敗に終わる。