「自分でやると言ったんじゃないのか。できないなら引き受けるな」。普段はめったに怒らない行正さんが、小道具の長刀を手にして声を荒らげた。「本当に怖かった」。ひたすら謝り、ようやく稽古をつけてもらえたという。
「やると決めたからには責任を持ってやることだけは求められました」。テレビやCMの仕事を始めたときも同じことを言われたという。14歳で上京したときは「時間を守るように」とだけ注意し、「がんばって行ってきなさい」と送り出してくれた。
人気タレントとなり、休暇が数年取れないことも。「でも、大変だとは思いませんでした。母も高校教師で、家族全員が忙しく動いているのが当たり前だったから」。父の教えを守って仕事で大きな遅刻はしたことがない。自分のことは自分でやる習慣も早くから身に付いていた。
東京で行正さんの公演があると、早坂さんは楽屋に会いに行った。「人に迷惑をかけずにちゃんとやっているか」。口数の少ない父だが、娘をいつも見守っていた。早坂さんの結婚式には衣装とメーク道具を持参して伝統的な祝儀舞踊「かぎやで風(かぎゃでふう)」を舞い、「幸せにしてもらいなさい」と告げたという。