岡村孝子さんインタビュー 喀血し倒れる父を腕で受け止め看取り 「ありがとう」が別れの言葉に (2/3ページ)

シンガー・ソングライター、岡村孝子さん
シンガー・ソングライター、岡村孝子さん【拡大】

 しかし、岡村さんは「やはり正直に伝えるべきだった」と語る。「父は一度絶望しても、きっと立ち直れたと思いますし、自分がその立場だったら、いろいろ伝えておきたいことがあると思いますから」

 ◆最後のマッサージ

 結局、何度もきつい抗がん剤治療を受けるうちに、余命の事実は秀夫さんの知るところとなった。すると秀夫さんは、愛知県岡崎市の自宅から岡村さんが暮らす東京へとしばしば足を運ぶようになったという。

 亡くなる3日ほど前も、自ら探した県内のホスピスに入る準備を済ませ、妻の千代さんに伴われて東京にやってきた。ホスピスの医師からは当然、止められた。「いつ何があるか分からない」と。言うまでもなく、秀夫さんは最後に娘に会っておきたかったのだ。

 喀血の前夜、妻の手料理を食べ、だんらんの時を過ごしていると、秀夫さんは「少しでいいから、みんなでマッサージをしてくれないか」と頼んだという。

 「それで母と娘と私でかわるがわる肩をもむと、父は本当に満足そうに『ありがとう』と言って休みました。あれはきっと父のお別れの言葉だったのだろうと思います」