同じく休職中だった友人にも銭湯の良さを伝えようと、自分なりのイラストを描いてSNSに載せた。内部を斜め上から透視し、銭湯で思い思いに過ごす人たちの姿を丹念に描き込んでいった。設計で学んだ技法を応用したスタイルだ。
作品に思わぬ反響があり、次々と描いていった。銭湯の経営者から店のパンフレットを作ってほしいといった依頼もきた。
昨年1月、塩谷さんは迷っていた。約4カ月の休職を経て職場に復帰したものの、体調は元に戻らない。「なら、うちで働かないか」と声を掛けてくれたのが小杉湯だった。
決心がつかなくて、親しい友人10人に相談した。1人でも反対されたら転職はやめようと思っていたが、全員が賛成した。「塩谷は絵で食べていくべきだと思っていた」という友人の言葉に背中を押された。
「有名大学を出て有名企業に就職した人間が銭湯で働くだなんて、人からはドロップアウトと見えるでしょう。でも、これは私がやりたかったこと。大学時代、研究のため建物のイラストを描いていたとき、将来これを仕事にできたらと思っていた。曲折を経て、私は今、やりたいことをやっている」