山形県大蔵村の肘折(ひじおり)温泉郷の開湯は平安時代。1200年の歴史を持つ湯治場で、野趣にあふれるいくつもの温泉が今も地元の人たちに守られているという。そこで肘折温泉郷の3つの温泉を訪ねた。
最初は野湯・石抱(いしだき)温泉。諸説あるが、炭酸の量が多く、入浴のさいは石を抱かないと体が浮いてしまう、ということでこの名がついたとか。でも、場所は本当に山の奥。温泉街から車で15分。こんな所に温泉があるのかと不安になりながら山道を進む。駐車場からさらに藪道を100メートルほど歩いて到着したのが森に囲まれた一角に、あった! 温泉を管理する旅館ゑびす屋のホームページによると、「山から出てくる温泉を『堰き止めただけ』」というシンプルな浴場だ。
石の割れ目から何カ所も炭酸ガスが出て、さながら自然のジャグジーだ。江戸時代末期には、すでにこの温泉があったとされる。ただ、山奥で冬場は雪が深く利用できず、普段も草むしりなど手入れが大変だという。入浴はゑびす屋の宿泊者に限るが、前もって掃除をするため、事前の連絡が必要になる。春先がおすすめだ。
続いて訪れたのが、肘折温泉・松屋の手掘り洞窟温泉。明治時代に職人が手掘りした洞窟の奥に湧く秘湯。天然温泉100%源泉かけ流しだ。旅館の中にある入り口から岩石に囲まれた洞窟を屈みながら進む。そのワクワク感は冒険心をくすぐり、それだけでも子供から大人まで楽しめそうだ。
約40メートルほど歩くと心地よい湯気の出迎えで、温泉場に着いたのがわかる。じっくり体の芯まで温めてくれる湯加減が気持ち良い。洞窟の中の温泉で秘湯気分を満喫できるとあって人気が高い。掃除や手入れは大変だが、大勢の客が来てくれるので続けていきたい、というのが松屋の決意である。
最後は黄金(こがね)温泉の日帰り温泉施設カルデラ温泉館へ。ここの人気は、湧き出る冷たい炭酸泉を飲めることだ。内臓の働きを活発にし、利尿作用もあるという。地元の話では、かつては、冷たい炭酸泉に砂糖を入れてラムネのように飲んだという。温泉に入った後、冷たい自然の炭酸泉で体の中から浄化、なんて最高の贅沢だろう。カルデラ温泉館に話を聞くと、そのままを大切にし、できるだけ自然をいじらないようにしている、ということだった。
今回の湯巡りで、歴史を守り、自然のままを守るには計り知れない努力が必要と改めて知り、同時に地元の人の故郷を想う気持ちの強さを感じた。そうした思いが、利用する私たちの体も心も満たしてくれるのだと感じた。
【サスティナブル】
1992年の第1回地球環境サミットで初めて提唱された「持続可能な発展」という考え方。以後、国や産業の発展には自然環境への配慮が不可欠であることが世界的に広く浸透している。本コラムでは、サスティナブルな社会を目指す日本各地の取り組みを紹介する。
◇
きくち・きみこ 大学卒業後、NHK山形を経て、小学校教師に転身。現在はフリーアナウンサーとしてテレビリポーター、web放送局代表、司会、講師、ラジオなど幅広く活動中。
【局アナnet】 2004年に創設された、全国の局アナ経験者が登録するネットワークサイト。報道記者やディレクターを兼ねたアナウンサーが多く、映像・音声コンテンツの制作サービスを行っている。自社メディア「Local Topics Japan」(http://lt-j.com/)で地方のトピックス動画を海外向けに配信中。