【パパ編集部員の育休エブリデイ】(2)「何のために育休取ったの!」 男女は脳内も体も考え方も違う (3/3ページ)

 子供は母親といると安心するのか、父から離れた瞬間にピタリと泣き止み幸せそうな笑みを見せる。母と子の絆は、男性が想像する以上に固いようだ。妊娠中からずっと胎内のへその緒でつながり、産後も授乳や抱っこなど密に過ごす時間が長いのだ。「ママがいい!」「パパはイヤだ!」と言われても仕方がない。そういう時は、直接妻のチカラになれない代わりに、間接的にできることを考えることにした。それだけでも妻は嬉しいのだ。

 サポートしても“意味がない”

 結局、私にできるサポートといえば、やはり家事だった。洗濯、掃除、ゴミ出し、娘のお風呂、食料の買い出しなど、自分ができることは積極的にやった。他にもオムツ替えや洗剤ボトルの詰め替え、子供のゴハン補助や食べこぼしの掃除、就寝前に炊飯器の予約をセットしたり、散乱したおもちゃの片付けや爪を切ってあげるなど、本気で探せばできることは分刻みであった。しかし、以前と違うのは、そうした家事をただこなせば満足していたかつての自分ではなく、手伝いながらも、妻の様子と子供の様子に目を配り、とりわけ妻が今何を考えているか、何を求めているか、自分なりに思いをはせるようになったことだ。妻とのケンカは日を追うごとに減っていった。それぞれの立場や考え方の違いは、話し合うことで徐々に解決していった。家事をするときも、事前に「いまから○○をしようと思うけど、大丈夫?」と確認するようにした。喜ばれることをしてあげないと、サポートしても意味がないのだ。そして、どんなに大変で面倒でも、最後に妻に喜んでもらえれば、夫は嬉しいのだ。

 育児のパートナー(妻)を喜ばせること、妻の気持ちを何よりも考えることの大事さに気づいた私には、いろいろなことが腑に落ちてきた。

 当時を思い出しては未熟な自分を反省

 今になって妻に改めて話を聞くと、実はこの日の“皿洗い事件”で怒りが爆発する前から、徐々に不満が鬱積していたそうだ。育休に入った直後の私は家事に追われてオーバーワーク気味となり、一人で勝手にイライラしては雰囲気を悪くしていたという。何かあるたびに私が娘を叱ったことも、八つ当たりにしか聞こえなかったそうだ。妻はそれに耐えられなかったのだ。私も新しい生活に戸惑い、うまくいかないことが多く、寝室で授乳中の妻に「あれやって!」「これやって!」と次々と指示されることにどこか不満があった。心の中で「授乳や抱っこで忙しいのは分かるけど、こっちもいろいろと大変なんだよ!」と何度もつぶやいてはストレスの捌け口を探していた。

※画像はイメージです(Getty Images)

※画像はイメージです(Getty Images)

 妻は妻で夫をしっかり観察していたのだ。妻が言うには、私は「一つ一つの家事を完璧にこなそうとするため、設定したゴール(時間)が大幅にずれていた」のだそうだ。私の性格もあるかもしれないが、ふだん慣れない料理でもいったんやり始めると没頭するという男性は少なくないだろう。妻は「少し雑でもいいから、もう少し手を抜いて、すべての家事がゴールに向かうようにしてほしい」と思っていたという。

 今となっては当時の自分に「奥さんテンパってるのに、のん気に皿洗ってんじゃないよ!」とツッコミたくなるくらいに反省している。このケンカは私にとって全く無駄な経験ではなく、これをきっかけに男性と女性は脳内も体も、置かれた立場(役割)も、そして育児に対する考え方も大きく違うことを改めて実感し、その後の育児においての指針や教訓とした。

 次回は育児や育休をめぐる社会環境や制度などインフラ面を中心に記そうと思う。とくにベビーカーを押しながらの電車移動は、とんでもない体力と忍耐力を要するのだが、ここまで便利になった時代に生まれてよかったと思えることもたくさんあったのだ。

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