【サスティナブルにっぽん~山形県】緞通づくり 糸作りから始まる職人たちの技術の結晶 菊地喜美子

歌舞伎座に納入された絨毯のサンプル。実物は異なる部分もある
歌舞伎座に納入された絨毯のサンプル。実物は異なる部分もある【拡大】

  • オリエンタルカーペット工場の緞通づくり。職人による手織り作業は見ているだけで気が遠くなりそう
  • オリエンタルカーペットの渡辺博明社長
  • 菊地喜美子

 手織りの厚手カーペット、緞通(だんつう)。山形県南東部にある山辺町(やまのべまち)には、日本でここだけ、という糸作りから、染め、織り、アフターケアまで職人が一貫して行う「オリエンタルカーペット」がある。

 江戸時代から染織がさかんだったこの地域。昭和初期、「地域再生」と「女性の就業」を目指して、中国人技術者を迎え、絨毯(じゅうたん)作りの技術を習得させたのが、オリエンタルカーペットの前身、ニッポン絨毯製造所だった。

 同社の技術は高く評価され、「山形緞通」として、あの戦艦大和や戦艦武蔵の長官室で使われたのをはじめ、戦後は皇居新宮殿、迎賓館、さらには東京都庁、山形県庁などの官公庁から歌舞伎座、日本銀行、バチカン宮殿までと幅広い。京都祇園祭の懸装品復元など文化財の保護や復元にも取り組んでいる。

 もちろん、個人住宅向けも人気で、芸術品と日常的に使うインテリアの役割を兼ね備えているといえる。

 そんな山形緞通の魅力をもっと味わいたいと、事前予約制で無料で見学できる工場に向かった。1949年に建てられた工場は、女性や北欧をイメージしたピンクのおしゃれな建物。中で働く職人は、70代のベテランを筆頭にほとんどが女性だ。

 まず、目を奪われるのは、色調群ごとに棚に並べられた糸の数と美しさ。糸の染織は重要な工程の一つだという。同じ花の柄でも光が当たる部分とそうでない部分の見え方の違いや風合い、深みの違いを表現するために少しずつ色調を変える。このため、同じピンク色でも何十色もある。

 そして、メインとなる手織りと手刺しの製織作業の現場に足を運ぶ。手織りは、織架台に張られた糸を開閉しながら縦糸越しに色柄が指定された設計図を読み取り、決められた色の毛糸を縦糸に結んでいく。1日に織り上げるのは7センチほどだといい、気の遠くなるような作業だが、これが、最高峰といわれる絨毯へと輝くのである。手作業の技術の高さに息をしているのを忘れてしまうくらいだった。

 応接間で70年以上前に制作された手織り絨毯触触ってみる。その滑らかさと毛艶に、年月が経てば経つほど、使えば使うほど美しさや味わいが増すとは、このことだと実感せずにはいられなかった。

 「自分たちの会社の職人はスペシャリスト」という渡辺博明社長の言葉からにじむ職人たちへの尊敬の念と信頼感が美しい芸術を生み出す源になっているように感じる。こうして生まれてくる山形緞通をわが家に迎えたら、とても愛おしく、家族の一員として一緒に歳を重ねていくのが楽しみなのだろうな、としみじみ感じた。

【サスティナブル】

1992年の第1回地球環境サミットで初めて提唱された「持続可能な発展」という考え方。以後、国や産業の発展には自然環境への配慮が不可欠であることが世界的に広く浸透している。本コラムでは、サスティナブルな社会を目指す日本各地の取り組みを紹介する。

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 きくち・きみこ 大学卒業後、NHK山形を経て、小学校教師に転身。現在はフリーアナウンサーとしてテレビリポーター、web放送局代表、司会、講師、ラジオなど幅広く活動中。

【局アナnet】 2004年に創設された、全国の局アナ経験者が登録するネットワークサイト。報道記者やディレクターを兼ねたアナウンサーが多く、映像・音声コンテンツの制作サービスを行っている。自社メディア「Local Topics Japan」(http://lt-j.com/)で地方のトピックス動画を海外向けに配信中。