【IT風土記】福島発 エネルギーの地産地消で復興目指す (1/3ページ)

 福島県浜通りの最北端、宮城県との県境に位置する新地町は2011年3月11日の東日本大震災で10メートルを超す巨大津波に襲われ、町の5分の1が浸水する被害を受けた。震度6強の激しい地震と巨大津波は119人もの尊い命を奪った。

新地町役場から新地駅方向を望む。復興整備が進んでいる

新地町役場から新地駅方向を望む。復興整備が進んでいる

 震災当時、JR常磐線新地駅には乗客ら40人の乗った4両編成の列車が停車。乗客らは警察官の機転で高台に避難し無事だったが、津波に飲み込まれた列車はめちゃくちゃに破壊された。無残にひしゃげ、がれきの中に横たわった列車の姿を今も記憶している人は多いのではないか。

新地町の玄関口、JR常磐線新地駅。周辺では復興整備が進む

新地町の玄関口、JR常磐線新地駅。周辺では復興整備が進む

 あれから8年。JR新地駅は真新しい駅舎に生まれ変わり、列車の往来を取り戻した。震災前と大きく変わったのは、駅舎が300メートルほど内陸寄りになり、土地が約4メートルかさ上げされた場所に建てられていることだ。津波に襲われた沿岸部は茅色の平地が広がり、復興の道のりの厳しさを感じさせる。その一方で、かさ上げされた新地駅周辺は、賑わいを取り戻そうと、復興整備事業が急ピッチで進められている。

新地町役場にはためく復興フラッグ。震災を後世に語り継ぐ復興のシンボルだ

新地町役場にはためく復興フラッグ。震災を後世に語り継ぐ復興のシンボルだ

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