闘病耐え「賞金女王目指す」 若年がんを克服したボートレーサー (2/2ページ)

倉持莉々選手(酒巻俊介撮影)
倉持莉々選手(酒巻俊介撮影)【拡大】

  • ボートレーサーとして活躍する倉持莉々選手(本人提供)

 闘病生活は過酷そのものだった。抗がん剤治療は2週間に1回だったが、6種類を一日かけてゆっくりと注射。その度に節々に激痛が走り、起き上がることさえままならなかった。舌もしびれ味覚を失い、吐き気も襲った。抗がん剤は光に弱く、打つ際は微弱光を遮断するため電球にアルミホイルを巻く。その暗い室内で、血管がつぶれるような激痛に耐えることが「何よりつらく、復帰を考えることさえできなくなった」。

 当初は抗がん剤が効かず、母は毎晩のように涙した。ただ、1カ月以上が経過し、数値は徐々に改善。体も抗がん剤に慣れ始め、つらいながらも動かせるようになった。

 すると一度は失いかけていた夢への情熱が再び沸いた。痛みに耐え、テニスや水泳などのトレーニングを再開。翌年には、やまと学校の試験を受けられるまで回復し「合格」を再び勝ち取った。

 1年半遅れで入学し、平成26年3月にデビュー。レースの世界は厳しく、初勝利までは、さらに1年半を費やしたが、今は着実に勝利を重ねる。この間、再発の恐れがあると宣告された5年も過ぎた。

 ボートレーサーを志したのは小学生の時。父に連れられて見たレースで一気に内側に切り込む「まくり」を女子選手が決める姿に心を奪われた。「死ぬまで続け、いつか賞金女王に」。ちょっと寄り道したが、願えば、夢は逃げないことを知った倉持さんは着実に将来を見据えている。(松崎翼)