【東日本大震災8年】母ちゃんも「逃げて」 児童避難させ不明の妻へ 教訓残す (2/2ページ)

避難を呼びかける看板や石碑を建てる活動を続ける木村正明さん=10日午後、岩手県釜石市(桐山弘太撮影)
避難を呼びかける看板や石碑を建てる活動を続ける木村正明さん=10日午後、岩手県釜石市(桐山弘太撮影)【拡大】

 あの悲惨な津波からの復興を遂げ、その象徴ともなるW杯の開催は、本来ならば喜ばしいことだ。加えて自らの同僚には日本選手権7連覇を果たした新日鉄釜石ラグビー部の選手たちもいる。ただ、「スタジアムの下に母ちゃんがいるんじゃないか」と思うと素直には喜べなかったという。

 そして行動に出た。変わりゆく町並みの中にも教訓を伝えるものを着実に残していこうと、仲間とともにメッセージを伝える看板などを設置する活動を開始。

 《木村タカ子さんが住んでいた土地です》。平成29年に完成した小中学校の校庭にこう記した看板を立てた。傍らには、タカ子さんが好きだった花を植える花壇も添えた。小中学校が見える鵜住居駅との間にある土地には、避難を呼びかける看板を掲げた。

 木村さんは「『みんなを助けたい』と、仕事をまっとうして犠牲になった人もたくさんいた。でも、揺れたら、とにかく逃げて、まずは自分の命を守ってほしい」と語る。

 児童らが全員助かったという「奇跡」があった一方で、津波の被害に遭った大勢がいる。市は「奇跡」という言葉を使わず、「釜石の出来事」と言い換えるようになった。

 そして、スタジアムの一角に設けられる予定の祈念碑にも教訓が継がれる。《あなたも逃げて》。そこには、木村さんが妻に最も伝えたかったひと言が刻まれる。(大渡美咲)