終活の経済学

お寺のトリセツ(3)終末期に僧侶に頼る (1/3ページ)

 最期まで寄り添い安らぎを

 仏教が「生老病死」を説いているのであれば、病になったとき、死を前にしたときだって、教えや僧侶にすがることはできるはずだ。終末期医療の現場に「僧侶」がいる不思議な病院を紹介する。

 僧侶が病院にいると縁起悪い。

 東京都内のある浄土宗の僧侶が憤る。

 「がんで入院していた友人が危篤になったので、最後のお別れにと病院に行ったのです。私は僧侶だから輪袈裟(僧侶やお遍路が、首にかける袈裟)をして行ったのです。そしたら、友人の親戚から『縁起が悪い』といって怒られました」

 「死にゆく人に説教をする『枕経』という時間が本来の仏教にはあるのです。それを否定されたようで、残念」と、いまだに納得がいかないようだ。でも病院に僧侶がいることを、縁起が悪かったり不幸だったりと考える人は少なくないはずだ。

 ところが、僧侶が積極的に終末期医療に関わっている病院がある。京都府城陽市にある「あそかビハーラ病院」だ。

 病院では院内にいる僧侶を「ビハーラ僧」と呼ぶ。ビハーラとは、古代インドのサンスクリット語の「寺院や安住の場所」を意味する。ビハーラ僧とは、「心安らげる場所にいる僧侶」を意味し、医療や介護、福祉の現場で活躍する僧侶を総称する語として使われている。

 病院は浄土真宗本願寺派(西本願寺)により2008年に設立されたクリニックにルーツを持つ。主にがんの緩和ケアのみの独立型病棟で、病床は28。現在、3人のビハーラ僧が常駐している。特別養護・老人ホームである「ビハーラ本願寺」も併設されている。

 病院での「ビハーラ僧」の役割は、余命わずかな患者と、日常を共にするのが主な務めになる。散歩をしたり、将棋を指したり、カメラが趣味の患者とは撮影に出かけたり。共に食事を摂り、患者が最期まで人間らしく過ごせるように寄り添う役割を担う。誰にでもできることのようで、医療業務に忙殺される医師や看護師にはなかなか担えない役割だ。

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