■かつて無化調の旗を高らかに掲げた、あの店は-?
今、吉祥寺に足を向けても、『一二三』の味を堪能することはかなわない。創業者・匠ゆうじを継いだ2代目店主が腕をふるっていたが、持病の悪化から2011年に閉店。弟子が『らぁめん一二三 那由多』としてリニューアルするも、その後ひっそりと幕を下ろしている。
「無化調」というフレーズがラーメン論壇に飛び交っていた90年代末期。筆者は『一二三』を訪れたことがある。五日市街道沿いにありながら、目立たない外観だった。入り口脇に、円空仏のように無造作に置かれた小さな看板。足を踏み入れると、煮干し、カツオ節の香りがふわっと香った。
目の前にトンと丼を置くのは、コックコートを着た主。「一二三そば」。紅の丼は、匠ゆうじの薀蓄によると「スープを張る時の温度が78度、最後に飲み干す時の温度が58度に設定」されているというが、それを確かめる術はない。口に運べば、和の面持ちを感じるスープ。鶏のコクがやさしくラーメン感を主張した。かん水を使わず、そば粉と小麦粉で打つ麺は日本そばとラーメンのミクスチャーか。
『美味しんぼ』の惹句のような派手なフレーズは似合わない。ただやさしく、そして滋味深い。何とも、旨いラーメンだった。
【ラーメンとニッポン経済】ラーメンエディターの佐々木正孝氏が、いまや国民食ともいえる「ラーメン」を通して、戦後日本経済の歩みを振り返ります。更新は原則、隔週金曜日です。アーカイブはこちら