大変革期のモビリティ業界を読む

限界を迎える日本型社会保障…高齢化社会のモビリティサービスを考える (1/2ページ)

楠田悦子
楠田悦子

 モビリティサービスと医療、福祉、小売り、観光といった他の分野を掛け合わせて、新たなサービスを生み出すことが注目されている。しかし、まだまだモビリティの分野に閉じこもり、他分野の深い理解ができていない。地域の既存の資源を活用しながら、高齢者の生活をサポートする地域包括ケアシステムの構築にまちづくりの視点から取り組む東海大学工学部建築学科特任准教授の後藤純氏に、これからの高齢化社会のモビリティサービスを考える上で大切なことについて聞いた。

 コミュニティバスの「コミュニティ」とは

――バスが欲しいという声が多い。しかしバス停まで歩けない高齢者も多い

後藤氏:

 75歳までは元気だが、78歳を過ぎると知的活動が衰えてくる。知的活動が衰えると体力も衰えてくる。バスに乗ろうとしても乗り継ぎができなくなってしまったり、行きはよいが疲れて帰ってこられなかったりする場合もある。

 高齢者はバスに乗り遅れると一生の終わりだと思っているようだ。だから何時間も前に家を出て病院に向かう人も多い。彼らは待つことはできる。それに途中休憩しながらであれば、移動することはできる。もし高齢者の公共交通の利用を促したいのであれば、お茶や軽食がとれて気持ちを整えたり、楽しんだりしながら、40分ほど待つことができる場所が必要だ。

――せっかくコミュニティバスを走らせても乗らないのはなぜだろうか。本数が少ないなどあるが、他に理由があるのではないだろうか。

後藤氏:

 コミュニティバスの「コミュニティ」とは何を意味するのだろうか。コミュニティといっても、実にさまざまなコミュニティの考え方が存在する。同じ時間に同じ場所に集まるような、みんな一緒にと考える道徳的共同体主義。コミュニティはいらないと思っているリベラリズム(道徳的個人主義)。多様性と対話的可能性を考える反ナショナリズム。社会は不要で社会運動が自己実現を高めると考える人たち。不安社会や不確実性のなかで、顔が見える関係でつながりたいが、放っておいて欲しい人たちも多い。

 もしコミュニティバスが、みんな一緒にと考える道徳的共同体主義をベースに考えているとしたら、多様性を欠いたモビリティサービスになってしまっている。

――地域の共助によるモビリティサービスを考える場合、町内会や自治会が実施する場合がある。うまく行かないのはなぜだろうか

後藤氏:

 高齢化社会の支え合うつながりのカタチには3つある。自治会・町内会、NPOへの加入、友だちをつくって仲良く暮らす、だ。

 2016年に川崎市がアンケートで、町内会・自治会の活動を行っているか聞いたところ、市民の約15~17%しか活動していなかった。そのうち、高齢者や障害者への見守り活動に参加している人は10%を切っている。加入者が減る中で、もし道徳的共同体主義的な考え方でモビリティサービスを考えているのではれば、限界があると感じる。

――公共交通が使えない地域では、クルマの運転ができない高齢者は、家族に頼っていることが多い。しかし今後、家族に頼れなくなる人も増えるだろう

後藤氏:

 夫が稼ぎ、妻が家事を担う「近代家族」が生まれ、よほどのことがない限り、生活保障を受けることのない時代があった。家族で助け合う、家族に福祉を任せてきた歴史がある。

 しかし、それが機能しなくなっている。例えば、就職氷河期の不幸を被って結婚できなかったのか、女性も男性と同じように大学に行きキャリアを積んで結婚したい時にするという新しい個々人の生き方が生まれたのか、団塊ジュニアの世代で変化が起きた。

 2018年度の時点で、親が子供夫婦と同居している世帯は約1割で、ほとんど同居していない。家族は社会保障の含み資産という、日本型社会保障が限界を迎えている。

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