事故後の被曝(ひばく)放射線量は約70ミリシーベルト。東電は放射線医学総合研究所の見解として「被曝が原因で食道がんを発症するまでには少なくとも5年かかる。事故による被曝が影響した可能性は極めて低い」としている。
官邸介入も注水続行
吉田氏は現場に介入してくる首相官邸と東電本店に対し、「現場の判断」を貫き通した。東京電力が公開した事故当時の社内テレビ会議映像などからは、事故と対峙(たいじ)し苦悩する吉田氏の姿があった。
「これから海水注入中断を指示するが、絶対に注水をやめるな」
11年3月12日、水素爆発した1号機への海水注入をめぐり、「首相の了解がない」と中断を求めた本店の指示に反し、小声で作業員にこう伝え注水を続行させた。現場ではなく官邸の意向を尊重する本店に対し、「面従腹背」で自らの判断を優先させた。
「自分も含めて死んでもおかしくない状態だった。10人くらい死んだかもしれないと思った」。吉田氏は昨年8月に福島市で開かれた出版社主催のシンポジウムにビデオ出演した際、3月14日の3号機水素爆発時についてこう語った。