19世紀末にゴールドラッシュで先住民族の弾圧が激化する中、ウーンデットニーでは1890年12月29日、女性、子供を含む250人以上のスー族が米軍の第7騎兵連隊によって虐殺された。
虐殺の理由は、ゴーストダンス(幽霊ダンス)と呼ばれた儀式が流行したため、「放置すれば終末的な新興宗教化し、一斉蜂起につながる危険性がある」というものだった。以降、先住民族の権利拡大闘争の象徴的な聖地になっている。
「悲劇の風化防ぐ」
メール・オン・サンデー(電子版)によると、デップさんは「本来なら政府が(現在の)土地所有者から買い戻してスー族に返還すべきだが、できないのなら私がやる。何かを起こし、スー族の文化を守り、悲劇の風化を防がなくてはいけない」と購入の意義を強調している。
ウーンデットニーでは現在の地権者が、計0.32平方キロの2区画の土地を490万ドル(約4億8600万円)で売りに出しているが、買い手がつかない状態が続いている。スー族の住民は適正価格は1万4000ドル(約138万円)としており、「奪った土地で巨利を得ようとしている」と批判している。