博士は既に、体を動かす神経が徐々に侵され、全身の筋肉が動かなくなる難病「筋萎縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう、ALS)」と診断されていたが、「彼のとても愉快な笑顔と、美しいグレーの瞳に惹(ひ)かれました。それにとても楽しい人だったから、2人で病気も医者も無視するつもりでした」(ジェーンさん)。
しかし、博士との日々は苦痛も伴った。「彼は難病を克服し、世界を旅する神童でしたが、その難病で私たち家族はブラックホールに落とされたという一面もありました」
85年、博士は滞在先のスイス・ジュネーブで重篤な肺炎を患った。博士は「大変危険な状況だった。医師は私の命が長くないと判断し、生命維持装置を外して安楽死させる選択肢を妻に提案した」と明かし、「それから数週間は、私の人生で最も暗い日々だった」と振り返った。