拒否され失意の中…
記事は、複数のダイアナ妃の友人の証言を紹介。結婚については「ハスナト氏の家族、とりわけ彼の母親から許しを得ようしたが、母親は『(イスラム教徒の)パシュトゥーン族である私にとって息子が伝統的な英国人の娘と結婚することは最悪だ』と一蹴された」という。
また、ダイアナ妃は「ハスナト氏との間に娘が欲しい」「結婚式は極秘裏に挙げたい」などと語っていた。こうした求めにハスナト氏は「ゾッとした」という。そして、いつもメディアに追い回されることになるダイアナ妃との結婚を拒否すると、ダイアナ妃が交際に終止符を打った。
ダイアナ妃はその後、97年8月31日にパリでエジプト系イギリス人の大富豪のドディ・アルファイド氏とともに乗った車がパパラッチに追跡され、トンネル内で悲劇が起きた。アルファイド氏はダイアナ妃と恋人関係にあり、婚約間近とも伝えられていたが、本当に愛していたのは、ハスナト氏だったのかもしれない。
ダイアナ妃は事故の直前、ハスナト氏について友人にこう話したという。
「みんな私を売った。でも、唯一、私を売らなかったのが彼だった…」