朱教授は、対日関係をめぐる中国政府の内部抗争に巻き込まれてしまったのではないかと筆者は懸念している。中国筋は、朱教授が拘束された可能性やスパイ容疑がかけられているなどという情報を段階的にリークしている。日本の政府とマスメディアがどのような反応をするのか探っているのであろう。そして、国家安全部は、大きな事件に仕立てるか、それとも、事件化せずに静かに処理するかについて、慎重に検討しているのだと思う。
朱教授は、中国外交部(外務省)とは良好な関係を持っている。朱教授が日本のスパイという話を作れば、対日政策において国家安全部が外交部を牽制(けんせい)することができる。
また、「朱建栄教授のような中国政府よりの知識人でも弾圧されるならば、中国に少しでも批判的な見解を述べたら、どのような目に遭わされるかわからない」と中国の日本専門家は、強い不安を抱くようになる。さらに日本に在住している中国人たちも、政治的発言に関して慎重になる。国家安全部にとっては、一石二鳥の事件になる。
9月11日の尖閣諸島国有化1周年に向けて、中国の対日強硬派が謀略を展開する危険を過小評価してはならない。(作家、元外務省主任分析官 佐藤優/SANKEI EXPRESS)