物語の半分以上は茨城県北茨城市の五浦海岸にある人気の観光スポット「六角堂」とその周辺で撮影された。東京美術学校を追われた後、天心は新天地を求めてこの六角堂を建設し、春草らまな弟子たちと新たな日本画の創造を目指す拠点とした。六角堂には、東日本大震災の際、津波で流され、復活を願う地元の人々の思いを受けて再建された経緯があった。「僕らは大震災の年の10月ごろには六角堂で撮影に入り、大きな余震が続くなか演技を続けました。映画は地元の大きな期待を背負っていました。あの頃の不安を思うと、映画が完成した今、とても感慨深いですね」
平山が改めて感心するのは、天心を追い、妻と幼い子供を連れて六角堂へ行った春草の実直さだ。子供の食事にも事を欠く日々で、当然ながら妻との関係も悪化した。「それだけ天心に魅力があり、将来の可能性を秘めている方だったのでしょう」。平山にとっての“天心”は「俳優デビューの頃から何かとお世話になってきた竹中直人さん」という。