だから「食べる」ことは、「あの子の命が、自分に変わっていく」という感覚。命は巡るということを、心に受け入れて生きることは覚悟がいります。ですが、前向きなことだと思っています。何も残さずにいただくということが、当たり前。だから私は元気です。
昨年(2013年)夏、実家で父がにわとりをさばくというので、小3の長女(8)に、「見てきなさい」って言いました。最近、犬や猫を飼いたいと言うので「命はそんなに簡単なものじゃない」ということを経験として伝えたいと思っていたし、感性がとぎすまされた子供のうちに、見せておきたかったんです。
見たあと、長女は私のもとにやってきて、誰に言われたわけでもないのに、空に向かって「ぜんぶ、食べるからね」と言っていました。そのときの思いは、いつか娘のお守りみたいになっていくんだと思います。こればかりはDVDなんかで教わるものじゃないですからね。
スーパーに行けば、それが当たり前の姿であるかのように、肉も魚も切り身になって売られています。私たちの日常は、意識しなければ命のことが見えないし、身近に感じられない環境になっています。