塾には掟があった。飲酒、外泊、囲碁将棋などは禁じられた。塾生たちはまず、オランダ語を学ぶ。次にオランダ語で書かれた解剖学、生理学、病理学などの医書を読んでいく。原書を読んで解釈できる塾生は「原書生」と呼ばれ、一目置かれたようだ。
佐藤泰然は実学を重んじた。講義だけでなく、塾生には治療や手術に立ち会わせた。実際に役立つ医術を習得させたのだ。佐倉から延べ1000人を超す人材が育っていった。順天堂はその後、発展して順天堂大学の母体となる。佐藤泰然の教えと進取の精神は21世紀まで脈々と伝えられているのだ。
わたしは佐倉順天堂記念館を辞して表に出た。驚いた。なんと隣では佐倉順天堂医院が今も開業しているではないか。医師は佐藤家の子孫という。すごいことではないか。(塩塚保/SANKEI EXPRESS)
■逍遥 気ままにあちこち歩き回ること。