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大阪がんばれ、適塾よみがえれ 緒方洪庵のまなざしは天に向かっている! 松岡正剛 (1/5ページ)

2013.12.16 15:00

【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)

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 先だって久しぶりに大阪北浜の緒方洪庵の適塾を訪れて、『扶氏経験遺訓』など、展示物をゆっくり見た。ウィークデーだったので閑寂としていたが、この部屋で、あの福沢諭吉をして「凡そ勉強ということに就いては、この上に仕様もないほどに勉強した」と言わしめた凄まじい集中があったわけである。いささか身が引き締まった。

 今年は洪庵没後150年で、適塾創設175周年に当たっている。適塾はその後明治になって大阪医学校となり、今日の大阪大学医学部に発展した。適塾の遺構もいまなお大阪大学が管理する。それにしては大阪人は洪庵の業績を親しいものにしていないようだ。ぼくが感じるだけかもしれないが、大阪人は懐徳堂にも富永仲基にも、山片蟠桃にも木村蒹葭堂(けんかどう)にも、誇りをもたない。文楽に資金を出せない大阪は、前途が心配だ。

 洪庵は備中の下級武士の子で、8歳のときに天然痘に罹(かか)った。大坂に出て中天游の思々天塾で蘭学と医学を学び、さらに江戸に出ては宇田川玄真に、長崎に出ては蘭医ニーマンにも教えを乞うて、万全を期して大坂に戻って開業した。ところが早々に人痘法で患者を死なせたので、またまた一念発起、今度は道修町に「除痘館」を開いて牛痘法を施術し、万端の医術に長じようとした。

「適々斎塾」を略して適塾 弘化3年に大村益次郎も入塾

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