執筆過程を「入り口だけあって、中は全く分かっていない洞窟をさぐるよう」だったと表現する。“洞窟”を進む道しるべとなったのは、「なぜ父は何も語らなかったのか」という問いだった。「祖父は軍人だったので、その子供だという負い目があったのかもしれない。被爆直後の凄惨な状況の中では、助けを求める周囲の人を見殺しにせざるを得なかったこともあると聞きます。話せなくなるほどの悲しみとは何かを考えていきました」
凍結された命の象徴
中学生の亮輔の心に芽生えたのは、父の若い愛人で、自分の遠戚でもある希恵(きえ)へのほのかな恋情。同じ自宅の敷地内で暮らすことになった2人の心は、互いの趣味である昆虫採集をきっかけに近づいていく。8月6日、亮輔は希恵と蝶の羽化を見に行く約束をする-。
1945年と現代の8月をつなぐ存在である青い蝶の標本。「午前8時15分で止まったままの時計の代わり。その瞬間に凍結された命の象徴です」